「甲子園には魔物が住む」

 長年にわたり演じられた名勝負が『甲子園の魔物』を形作ってきた。しかしそれだけではなく、球場自体の存在も大きな構成要因だ。甲子園には人を惹きつけるカリスマ性がある。

『阪神甲子園球場』

 阪神電鉄・甲子園駅を出ると目の前に現れるツタの絡まる球場は、戦前1924年に開場した。日本野球の歴史そのものとも言え、野球の母国・米国の球場に負けない魅力が詰まっている。

「リグレー・フィールド(シカゴ)と似ている」と語るのは日米の野球事情に詳しいスポーツライター。

 甲子園は米国の伝統的球場に酷似している部分も多い。

「球場自体の形状、そしてアイビー(ツタ)に関してはそっくり。2階席に該当するVIP席ができてからはさらに似てきた。『野球は太陽の下でやるものだ』というイメージを持っているのも同じ」

 1914年開場のリグレー・フィールドは外野フェンスにツタが生えていることで有名。また夜間試合禁止のシカゴ市条例があったほどで、88年までナイトゲームは開催されなかった。加えてウインディシティ(風の町)と呼ばれる場所にある。風が試合に大きく影響するのも、浜風、海風が有名な甲子園と同じだ。

「周辺に駐車場がなく電車利用が最善な交通手段なのも、リグレー・フィールドやヤンキー・スタジアム(ニューヨーク)によく似ている」

 同スポーツライターは取材時の苦労を語ってくれる。

「カメラマンなどは機材が多いから、本来なら車移動したい。またヤンキー・スタジアム周辺は治安が決して良い地域ではない。ナイター終了後に地下鉄で家路に着くのは、勇気が必要だった。またニューヨークは渋滞がひどくて時間が読めない。ファンも大変だと思う」

 リグレー・フィールドとヤンキー・スタジアムは、地下鉄・アディソン駅とヤンキー・スタジアム駅からの電車移動が基本。同様に甲子園球場へは阪神電車だ。

 球場周辺に地元住民が自前敷地を利用した駐車場が点在するのも似ている。ちなみにリグレー・フィールド、ヤンキー・スタジアムは30ドル前後、甲子園は3000円くらいが相場。これらはお忍び営業でやっているらしい。

「球場すぐ近くでは100ドル近くふっかけてくる場所もある。それでも支払って試合を見るファンがいる。全米1、2位の大都市を本拠地とする人気チームですからね。阪神も同様に大人気ですが、そこは関西人気質なのか財布の紐は固い。甲子園周辺で1万円ふっかけてくる駐車場はない」

 球場周辺に飲食店が溢れ、試合前後にお酒や食事を楽しめるのも同じだ。米国のリグレー・フィールド、ヤンキー・スタジアムとも球場周辺にはスポーツバーが並び、ロード試合時でも熱狂的ファンが集まり応援する。甲子園の徒歩5分圏内には商店街があり、そこには串カツ、お好み焼きなど、古くからの個人経営店が多い。多くのファンが時間をつぶしており、球場目の前のショッピングモールとは異なる『昭和』の魅力溢れる風景が広がる。

「取材記者もデイゲーム後などには、飲んで帰る人も多い。女子アナなどもいたりするけど、周囲も気にしなくて良い。心地良い空間です」(阪神担当記者)

 また同様なのがグッズショップ。「どう考えてもアングラ販売だろう……」という商品、サービスが定番で店は多くのファンで賑わっている。

 甲子園では、ユニホーム等に応援歌詞を入れるサービスが人気。「●●粉砕」、「くたばれ●●」など、日常では口にできない言葉が並ぶ。

 米国では「ビール飲め」などの文言Tシャツが商品の主流。「BOSTON S●●KS」(くたばれボストン)など、ライバルチームをいじり倒すものも多い。

「ユーモア満載のグッズが多く、Tシャツ1枚20ドルなど、商品単価も低い。球団公式グッズより断然、売れている。球団側も実態把握しているが、そこは持ちつ持たれつの関係というか、黙認しているようです」(前出のスポーツライター)

 マンモス球場、アルプス席など、巨大なイメージがある甲子園だが、中へ入ると意外に小さく感じる。

「実際にプレーすると感覚が違う」と阪神OBは語る。

「スタンドに傾斜があることで、グラウンドを周囲から取り囲む感じで全体が小箱のよう。スタンドからの声は降ってくるような感じがする。辛辣なヤジもよく聞こえる」

 またグラウンドとスタンドが近く、外野席最上段からでも打席までの様子がよく見える。

「スタンドから選手がよく見えるので驚いた。確かに試合中もグラウンドからお客さんの顔もよく見えた。ヤジったファンや、綺麗な女性など、ベンチ内で話題になることもあった」

 甲子園はマイナス面が指摘されることもある。

「席間が狭く移動が困難」。

「トイレの数が足りなく常に長蛇の列」。

 しかし改修を重ね使用し続けている球場であり、基本ベースは昔から変わらない。結局、やれることをやるしかない。

 新築した2009年からの新ヤンキー・スタジアムは細部まで観客のことが考慮されている。しかしリグレー・フィールドは柱で見えない座席があるなど、旧来のままの部分も残る。また一部球場内男子トイレの便器には区切りがなく、大きな長い洗面器型のものに並んで用を足しているほどだ。

 それらに比べれば改修後の甲子園の観戦環境は快適である。「歴史や先人の気持ちを共有できる」と考えれば、これもまたありか。

 そして『21世紀の大改修』時に大々的にアピールした、エコ活動の矛盾点にも注目したい。

 銀傘にソーラーパネルを設置。太陽光を取り入れるなど、環境保護を打ち出した。しかし夏場の試合、スタンド下通路ではクーラーが常時つけっぱなしで、天候によっては寒く感じるほどだ。

「エコなのかと疑問は多いですが、近年の酷暑下においては多くのファンが助かっている。選手同様、お客さんを守るのも大事」(阪神担当記者)

 過去にクーラーが設置してあれば、先人たちも喜んだであろう。

 他にも忘れてならないのが、凸型のスコアボード。34年に設置された2代目スコアボードから採用された独特の形状で、神奈川・保土ケ谷球場ものちに参考にしたと言われる。

「米国でもリグレーのものやボストンのフェンウェイ・パーク左翼側フェンス『グリーンモンスター』に埋め込まれたものは有名。スコアボード模型や写真など、グッズ販売もされている。日本の球場で有名なものは、甲子園だけではないでしょうか」(日米野球事情に詳しいスポーツライター)

『甲子園』という名称などと同様、スコアボードも11年に立体商標に登録されている。過去にはスコアボード型目覚まし時計も発売されるなど、まさに日本一のスコアボードである。

 魅力に欠くことのない甲子園は、世界に誇れる球場だ。心を揺さぶり、素敵な記憶を残してくれる場所。阪神ファンの激しいヤジに苦言を呈す人はいても、甲子園を悪くいう人はいない。誰をも虜にしてしまう球場の魅力こそが『甲子園の魔物』の正体なのかもしれない。

 新型コロナウイルスの影響で中止になった、春のセンバツ大会の代替試合開催が決定した。球児たちも『甲子園の魔物』の虜になることだろう。残念ながら夏の大会は中止となったが、甲子園に熱い夏が再びやってくる日も近い。

 そしていつの日か、世界に誇れる甲子園でWBCなどの国際大会をおこなって欲しいものだ。