イチローが引退して1年以上の時が経った。



 日本での活躍も印象に残るものが多いが、2001年からはメジャーリーグに挑戦し、2004年には不滅と思われていたシーズン最多安打の記録を更新するなど、海の向こうから日本の野球ファンを楽しませてくれた。

 様々な記録の他にも、ロジャー・クレメンス、ペドロ マルティネス、マリアノ・リベラらメジャー屈指の好投手たちとの対決も見応えたっぷりだった。

 だが、アメリカに渡ったことで、日本にいる一流の投手たちとの対決を見れなかったのも事実。渡米前には伊良部秀輝、松坂大輔、黒木知宏らの日本トップレベルのピッチャーたちとの名勝負を見せてくれたが、アメリカでプレーしていた時代に、日本で頭角を現した各チームのエースたちとの対決は見ることが出来なかった。

 仮にイチローが日本でプレーを続けていたら、一流の日本人投手とどんな対決を見せてくれたのだろうかーー。

 まず、最も見たかったものの一つが斉藤和巳との対戦だ。実際、斉藤はイチローが日本でプレーしていた時代に対戦した経験はあるが、全盛期を迎えたのはイチローの渡米後。プロ7年目の2003年に最多勝利(20)、最優秀防御率(2.83)を獲得し飛躍を遂げると、2006年には最多勝利(18)、最多奪三振(205)、最優秀防御率(1.75)に輝き、史上17人目となる投手三冠を獲得。2度目の沢村賞投手に選出されるとともに、押しも押されぬ日本最高の投手の称号を手にした。

 斉藤の凄さは最速153キロの切れ味鋭いストレートはもちろんだが、威力抜群の決め球フォークを含め、全ての持ち球の質が高いこと。当時対戦した選手たちからもその能力を絶賛され、ダルビッシュ有(カブス)も憧れの投手として名前を挙げている。ケガが多く全盛期は短かったが、NPBの長い歴史の中でも最強投手という評価もあるほどだ。

 能力がピークとなった2000年中盤にはイチローも円熟期を迎えており、仮に対戦が実現していれば、かなりハイレベルの戦いを見せてくれたに違いない。打席では相手投手の「決め球」を狙って打ちにいくと発言していたイチローが、斉藤が投げるストレートや、奪三振能力に優れたフォークにどう対応するのか、見てみたかったファンは多いはずだ。

 斉藤以外では、今も現役でプレーしている宮西尚生(日本ハム)との対戦も興味深い。歴代ホールド王として知られるサウスポーの宮西は、右打者にも強さを見せているものの、やはり魅力は左打者に対する強さ。変則的なサイドスローから放たれるスライダーは、左打者には背中から突然ボールが来るように見え、これまで抜群の効果を示してきた。

 一方でイチローは左投手を全く苦にしておらず、メジャー通算でも左投手との対戦成績は打率.329とハイアベレージをマークしている。2人の対戦が実現していれば、間違いなく終盤の緊迫した場面でもあり、お互い勝負強さも折り紙つきだ。どういった攻防が繰り広げられていたか、想像が膨らむ。

 正統派の戦いということからは外れるが、日本ハムでプレーした多田野数人との対戦も面白い。多田野は2004年から2シーズン、イチローの所属していたマリナーズと同じア・リーグのインディアンスに在籍したが、メジャー時代は対戦はなかった。

 多田野はインディアンスなどでプレー後、2008年に帰国して日本ハム入り。メジャーからの“逆輸入右腕”として注目が集まったが、やはり多田野を一躍有名にしたのは、テレビ中継の画面から消えるほどの“超山なりスローボール”。

 日本時代にはワンバウンドのボールをライト前ヒットにしてみせたイチローは、仮に多田野が必殺のスローボールを投げたとしたら、必ず手を出したはず。果たして、どういう結果になるか予想もつかないが、実現して欲しかった対戦の一つではある。

 その他にも、イチローが海を渡ってから生まれた名投手との対戦で見たいものは多い。イチローが在籍したオリックスと同じパ・リーグでは金子千尋(現・日本ハム)、涌井秀章(現・楽天)、杉内俊哉(元ダイエー、巨人)らが素晴らしい投球を見せていた。イチローの後に海を渡った松坂大輔(現・埼玉西武)、ダルビッシュ有(現・カブス、元日本ハム)、田中将大(現・ヤンキース、元楽天)らとの対決はメジャーではなく、日本でも見たかった。

 また、イチローがメジャーに移籍後の2005年には交流戦も始まっており、セ・リーグの一流投手との戦いも火花散るものとなっただろう。前田健太(現・ツインズ、元広島)、井川慶(元阪神)、菅野智之(巨人)ら先発投手陣との戦いはもちろんだが、中継ぎでも藤川球児(阪神)、岩瀬仁紀、浅尾拓也(ともに元中日)ら球史に残るリリーバーたちとの対決も実現して欲しかったというファンも少なくないだろう。

 日本人プレイヤーが世界最高峰の選手たちが集まるメジャーリーグで活躍し、野球の母国アメリカで称賛を受ける姿は、とても素晴らしい光景ではある。だが、一方でイチローのようなスター選手が日本から米国に渡るようになって以降、本来なら日本のプロ野球で楽しむことができた“名勝負”がなくなってしまったのは残念なこと。

 まだ日本人プレイヤーがメジャーに行く前の時代、昭和であれば「長嶋茂雄vs村山実」、「江川卓vs掛布雅之」、「王貞治vs江夏豊」、平成であれば「野茂英雄vs清原和博」、「伊良部秀樹vs清原和博」、「石井一久vs松井秀喜」など、テレビ中継を見ていても画面上から互いの闘志がひしひしと伝わってくる対決は多かった。

 今後もイチローらが切り開いたメジャーへの道を歩む選手は続くだろう。だが一方で、巨人の坂本勇人や、ソフトバンクの柳田悠岐などスター選手が生涯日本でのプレーを宣言するようなケースもでてきた。「一流は一流を育てる」と野村克也氏が語っていたように、令和の時代も一つでも多くの一流同士の名勝負が生まれ、日本で高いレベルの野球を披露して欲しい。