今年で85年目を迎えるNPBだが、“夢の4割打者”は、戦前や1リーグ時代も含めて一人も誕生していない。メジャーでも1941年のテッド・ウィリアムズを最後に80年近く出ていない。時代の進歩で、各打者の能力が向上した結果、傑出した好打者の打率と平均打率との差が小さくなったことが、原因ではないかともいわれている。

 ちなみに、NPBでこれまで最も4割に近かったシーズン最高打率は、86年のランディ・バース(阪神)の3割8分9厘だ。

 この年のバースは、6月28日のヤクルト戦からの3試合で14打数10安打と固め打ちし、4割2厘と一気に大台到達。その後も7月8日の4割7厘をピークに、オールスター直前まで4割台をキープした。

 だが、オールスター明け後の7月29日に3割7分6厘まで下降。8月12日に3割9分9厘まで戻したものの、再び4割に届くことはなかった。

 実はバース自身、4割へのこだわりはあまりなかったようだ。前年、王貞治(巨人)のシーズン55本塁打の日本記録(当時)まであと1本に迫りながら、敬遠攻めに泣いたバースは、そのリベンジを期して、4割よりも、東映時代の張本勲のシーズン最高打率3割8分3厘(70年)を抜くことを目標にしていた。

 シーズン終盤に3割9分台を切ったときは、「もし3割8分4厘まで落ちたら、ラインアップから外してもらおう」と悩みに悩んだ。張本の記録を下回った途端、前年同様、敬遠攻めに遭うことを恐れたのだ。

 だが、残り3試合となった10月9日の広島戦で47号ソロを含む4打数2安打を記録し、3割9分まで上げた時点で、史上最高打率は不動のものとなった。残り2試合も出場したバースは、7打数2安打で打率を1厘下げたものの、3割8分9厘でシーズンを終えた。

 バースに迫る歴代2位は、オリックス時代のイチローがNPB最終年の00年にマークした3割8分7厘だ。

 シーズン開幕から79試合目、7月30日のダイエー戦まで4割台をマーク。8月上旬にも3度にわたって3割9分9厘を記録したが、お盆過ぎ以降、ジリジリと打率を下げ、同27日のロッテ戦で右脇腹を痛めて途中交代したのを最後に、2度と打席に立つことなく、日本でのラストシーズンを終えた。

 102試合目(8月24日の日本ハム戦)の時点で3割9分台をキープしていたイチローだけに、夏場のケガさえなければ、4割到達は微妙でも、秋口の猛チャージでバースの記録を更新し、NPB史上初の“3割9分打者”が誕生していた可能性は十分にあった。

 イチローは94年にも開幕から60試合目、6月29日の近鉄戦の2打席目に瞬間風速的に4割に到達する(5打席目に凡退して3割9分8厘に下降)など、シーズン打率3割8分5厘を記録。こちらも歴代3位のハイアベレージだ。

 そして、開幕から最も長期にわたって4割台をキープしたのが、89年のウォーレン・クロマティ(巨人)の96試合だ。

 来日6年目、元号も昭和から平成に変わったこの年、4月8日の開幕戦(ヤクルト戦)で4打数3安打と好スタートのクロマティは、5月18日の中日戦でも4打数3安打の大当たりで、開幕30試合目で4割7分という驚異的な高打率をマーク。夢のシーズン4割も現実味を帯びてきた。

 その後も「ホームランを打ってもヒットを打っても打率は変わらない」とミート中心の打撃に徹し、6月24日まで4割台をキープ。7月以降は3割8分〜9分台とやや下げたが、8月9日の広島戦で4割復帰をはたすと、開幕から90試合目、同12日の中日戦は4打数2安打の4割1厘で、64年に広瀬叔功がマークした89試合を更新。そして、同20日の阪神戦の96試合まで自身の記録を塗り替えた。

 ちょうどこの日で規定打席に達し、打率4割1厘のクロマティは、残り試合を休めば、NPB史上初の4割打者になっていたが、チームが優勝目指して戦っている最中に主砲がリタイアするわけにいかない。結局、4割は夢と消え、バースの最高打率も下回ってしまったものの、3割7分8厘で首位打者獲得。チームの2年ぶりVに大きく貢献し、MVPにも選ばれた。

 前年オフ、ロックバンド「クライム」のドラマーとしてミュージシャンデビューをはたしたクロマティは、このまま引退するつもりだったが、夫人との離婚問題で莫大な慰謝料が必要となり、「もう1年野球で稼ぐしかない」と急きょ現役続行。そんな“オマケの1年”で大ブレイクするのだから、人間の運命は本当にわからない。

 打率4割台をキープしたまま、故障で途中離脱する不運に泣いたのが、17年の近藤健介(日本ハム)だ。

 開幕から47試合目、6月1日のDeNA戦で打率を4割1分5厘まで上げた近藤は、73年の張本勲(当時は日拓)の球団記録「46」を更新し、シーズン4割の期待もかかった。

 ところが、同3日の阪神戦で右太もも裏を痛めたのが、不運の始まり。8日後に登録抹消され、早期の1軍復帰を目指していたが、今度は数年前から苦しんでいた腰痛が追い打ちをかける。「腰部椎間板ヘルニア」と診断され、出場50試合、打率4割7厘のままリタイアする羽目になった。

 だが、9月28日の楽天戦で戦列復帰をはたすと、7試合で17打数8安打と打ちまくり、4割1分7厘でシーズンを終える。100打席以上(231打席)で4割台をマークしたのは、史上初の快挙だった。規定打席に達した18、19年も2年連続3割以上をマークし、「最も4割に近い男」と呼ばれるようになった。

 コロナ禍の影響で開幕が大幅に遅れ、シーズン120試合に短縮された今季は、規定打席も「372」とハードルが下がった分、打率を稼ぐには有利。この追い風に乗って、史上初の4割打者誕生なるか、注目したい。(文・久保田龍雄)

●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2019」(野球文明叢書)。