発足28年目のシーズンが再開しているJリーグだが、コロナ禍の特別ルールには「降格なし」の処置も含まれる。1999年のJ2発足以降は毎年、激しい降格・残留争いが繰り広げられてきたが、その中はシーズン前に優勝候補の一角に数えられながらも、“まさかのJ2落ち”となったという事例もある。



 Jリーグの歴史を振り返った時に避けて通れない出来事が、1999年の浦和レッズのJ2降格だ。すでに国内随一の熱狂的サポーターに支えられていたチームには、「ミスター・レッズ」の福田正博、天才・小野伸二に加え、山田暢久や石井俊也、元スペイン代表のベギリスタインといった実力者たちが在籍。前年のセカンドステージ3位の手応えもあり、シーズン前には優勝候補にも挙げられていた。

 だが、主力陣に故障が相次いだ中で不安定な戦いを続け、シーズン途中から岡野雅行をオランダから、永井雄一郎をドイツから呼び戻し、路木龍次、中村忠にウルグアイ代表ピクンらを緊急補強したが、一度狂った歯車が噛み合わず。11月27日に駒場スタジアムで行われた最終節は「90分以内に勝利すれば残留決定」という条件で試合が始まるも、スコアレスのまま延長戦に突入し、他会場の結果によってこの時点でJ2降格が決定。その後、延長後半1分に福田が「世界で一番悲しいVゴール」を決めた後、サポーターによる「We are REDS」の大合唱の中で選手たちも含め、スタジアム全体が涙に包まれた。

 2005年の東京ヴェルディ(現・東京ヴェルディ1969)も予想外のJ2降格だった。天皇杯優勝で幕開けしたその年、2月のゼロックス杯では、新加入のFWワシントンが2得点の活躍を見せて勝利。林健太郎、戸田和幸、山田卓也、相馬崇人、小林慶行、小林大悟、平野孝、平本一樹と戦力は充実し、アルディレス体制3年目の成熟度にも高い期待が寄せられた。しかし、開幕から守備の脆さが目立ち、7月2日のガンバ大阪戦(1対7)、7月6日の浦和レッズ戦(0対7)、7月17日のジュビロ磐田戦(0対6)と大量失点を続けてアルディレス監督が解任となった。

 しかし、バドン監督に代わっても状況は好転せず、9月に入ってから12試合連続未勝利(4分け8敗)で11月26日の第33節にJ2降格が決定。読売クラブ時代から日本サッカーを牽引してきた名門クラブが、年間6勝(12分け16敗)しか挙げられずにJ1に別れを告げた。

 2012年のガンバ大阪も、戦力的には上位を狙えたチームのはずだった。10年間続いた西野朗体制からの“発展”を狙ったその年、「セホーン&呂比須ワグナー」体制が機能せず。チームには遠藤保仁、二川孝広、明神智和の重鎮に加え、倉田秋、丹羽大輝が復帰し、新たに日本代表の今野泰幸も加入し、藤春廣輝、内田達也、阿部浩之の若手陣も戦力となっていたが、ACLも含めて公式戦5連敗スタートで早々に監督解任となった。

 クラブOBの松波正信監督のもとで再出発を図ったが、守備の崩壊に歯止めがきかず、7月を終えて3勝5分け11敗と低迷。夏の移籍市場でレアンドロ、家長昭博、岩下敬輔と大型補強を敢行し、8月以降は6勝6分け3敗と巻き返したが、勝てば残留できた最終節・ジュビロ磐田戦に敗れてクラブ初のJ2降格が決まった。得失点差プラス2(総得点67、総失点65)での降格は異例で、前田遼一のデスゴール(前田にシーズン初得点を許したチームは同年に降格する)のジンクスが6年連続で成立したことでも話題になった。

 その2年後、2014年のセレッソ大阪も「まさか」の降格だった。前年に柿谷曜一朗が覚醒し、南野拓実がベストヤングプレーヤー賞を受賞。新監督にポポヴィッチを迎え、オフには長谷川アーリアジャスール、元セルビア代表のカチャルに加え、南アフリカW杯MVPのウルグアイ代表FWフォルランを獲得。

 その他の主力にも、山口蛍、扇原貴宏、丸橋祐介、杉本健勇、酒本憲幸、藤本康太、山下達也と面子は揃っていたが、第2節から3連勝を飾ったのも束の間、フォルランが一向にフィットせずに攻守両面が機能不全に陥り、第5節から第14節までの9試合を1勝4分け4敗で監督交代となってしまう。

 ペッツァイオリ新監督を迎えたW杯中断明け以降もチームは噛み合わず、9月に2度目の監督交代。7月に海外移籍した柿谷の代わりに獲得したFWカカウの奮闘もむなしく、第33節の鹿島アントラーズ戦に1対4で敗れてJ2降格が決まった。

 セレッソ大阪にとって2014年はクラブ創設20周年の節目で、『史上最攻〜時は、来た。〜』のスローガンを高らかに掲げたシーズンだったが、実際はその言葉に相反する失意のシーズンとなった。

 このように、勝負の世界には「勝つ」チームがあれば「負ける」チームがある。そして「優勝争い」だけでなく「降格争い」にもドラマがあり、サポーターは一喜一憂する。「降格なし」の特別ルールには多くの者が理解を示しているが、同時に、来年こそは「降格あり」の普段通りのシーズンを迎えられるようにしたい。