吉野家「うまい、やすい、はやい」コピーが密かに並び替えられていた裏事情

吉野家「うまい、やすい、はやい」コピーが密かに並び替えられていた裏事情

 見覚え、聞き覚えがある人も多いであろう吉野家のキャッチコピー。変わっていないように思えたコピーは、時代に合わせて巧妙に変化していた。



*  *  *
 V字回復に導いた救世主は、「超特盛」だった。

 2019年2月期の連結決算で、純損益が60億円の赤字となった吉野家ホールディングス。原材料費や人件費の高騰が要因だったが、3月に登場した新サイズの牛丼「超特盛」が、わずか1カ月で100万食を突破する大ヒット。肉やごはんの量を多くするだけの店員に“やさしい”オペレーションに加え、客単価も上昇。7月9日に発表した19年3〜5月期の営業利益は約10億円の黒字に。前年同期の約1億7千万円の赤字から、黒字転換した。

 人手不足の時代に合った救世主の登場だったが、吉野家はこれまでも時代にマッチさせてきたことがある。あの「うまい、やすい、はやい」のキャッチコピーの言葉を、ひそかに並べ替えていたのだ。

 関東大震災後に東京・築地市場内に店を構えた吉野家。忙しい魚河岸の人の胃袋を満たすには、提供スピードが命だが、食のプロを相手にするからには、味の妥協も許されない。

 そこで吉野家は、1958年に「はやい、うまい」のコピーをつくった。

 丼の上にのせたふたは、はやさにおいて非効率なのでやめた。しらたきや豆腐などの具材はうまさに余計と判断し、削ぎ落とした。ただ当時、牛肉はうなぎと並ぶ高級食材だったため、「やすい」感覚はなかった。

 68年には、東京・新橋で2号店を開店。この頃には牛肉の価格も落ち着き、「はやい、うまい、やすい」に変更。このコピーが、高度経済成長を支えた“モーレツ社員”のハートをつかんだ。

 その順番について、同社広報課長の寺澤裕士さんが言う。

「入店してからの印象の順番で、牛丼が出てきて速さに驚き、食べておいしい、会計をしたら安い、を表現しただけで、あまり難しいことを考えていたわけではありません」

 失敗もあった。急速な店舗拡大に牛肉の供給が間に合わず、フリーズドライの牛肉をブレンドしたことで客足が遠のき、80年に会社更生法の適用を申請。また93年には、冷夏の影響で深刻な米不足に襲われ、タイ米をブレンドして提供することになった。

 これがコピーが変わるきっかけとなった。

「フリーズドライで失敗した際、今後はおいしさを追求しようと決意したのに、同じことを繰り返してしまった。その反省も含め、コピーの順番を入れ替えたのです」(寺澤さん)

 こうして94年秋、「うまい、はやい、やすい」に並び替えた。

 2000年代に入ると、日本はデフレに。01年に「並盛」の価格を400円から280円に大幅値下げすると、安さを訴求したいと、「うまい、やすい、はやい」と、「やすい」を強調する並びに変えた。以降、現在に至るまで続いている。

 広告ジャーナリストの岡田芳郎さんは、こう話す。

「コピーは長く使うことで認知度が上がる一方、インパクトがなくなり飽きられてしまいます。理想は永続性ですが、変化がないと陳腐化してしまう。その点、吉野家は『変えないで変える』というコピーの高等戦術を使っているようだ」

 新サイズの導入も、決して何かを大きく変えたわけではない。変えないで変える戦略が、吉野家の未来を動かしている。(編集部・福井しほ)

※AERA 2019年8月5日号


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