今では2月14日といえば聖バレンタイデーの日の方が有名となってしまったが、仏教国の日本には2月14日と15日には古くから続く「涅槃会(ねはんえ)」という行事があった。すでにお寺でさえ、涅槃会を行わないところもあるが、総本山・大本山と呼ばれる大寺では数日をかけてさえ行われる大事な行事である。これは当然のことで、日本においては、仏であるお釈迦さまの命日だからである。



●「涅槃」とは

 日本においてはと断ったのは、お釈迦さまの入滅の日は定かでなく、しかも旧暦の2月15日であろうと伝搬途中の中国で言い伝えられ始めたものだからだ。2020年の今年では陰暦2月15日は3月9日となる。少しだけ旧暦の説明をすると、1日は新月から始まるので(このためついたちは「朔」とも書く)毎月の15日はだいたい満月にあたることになり、また六曜のルールでは2月15日は必ず仏滅となる(今年はたまたま新暦2月15日も仏滅だが)。

「涅槃」とは、悟りの世界、安らぎの境地、と主に解説されるが、この場合は釈迦の死を指す言葉として使われている。数十年前、ある芸能人の自死に際して「涅槃」という言葉が使われたことから、日本では若干別の意味が加わってしまった感があるが、彼もまた「やすらぎの場所を求めた」という遺言だったのだろうと思う。

●「涅槃図」の描く釈迦入滅の時

 涅槃会法要は、奈良時代にはすでに行われていたという。法要では涅槃図と呼ばれる絵図がお堂に掲げられ、お坊さまたちがお経を唱え、所によっては涅槃図の解説をしてくださる。絵の上部の真ん中には満月(15日であることを意味する)、その右手には天界にいるお釈迦さまの母・摩耶夫人(マーヤ)が描かれている。摩耶夫人は釈迦を産んだ7日後に亡くなったと言われ、釈迦入滅に際して天から長寿の薬を与えようと袋入りの薬を投げたのだが、釈迦の枕元の木に引っかかってしまった。この行為から、薬を与える=投薬、との言葉が誕生したとも言われている。

●涅槃図を読み解く

 釈迦は4本の沙羅双樹の下で、頭を北にし、西を向き、右脇を下にした姿で横たわっている。死者を北枕で寝かせたり、生者が北枕で眠ることを嫌うのはこのためである。

 釈迦の周りには多くの嘆き悲しむ人や動物が描かれている。4本の沙羅双樹のうち1本は悲しみで枯れている。

 面白い話もある。

 涅槃図には象やトラ、麒麟や玄武といった架空の生き物までが描かれているにも関わらず「猫」がいないという。これは、ネズミが釈迦のお遣いであったためであるとか、上記の薬袋に気がついたネズミが取りに行こうとしたところ猫にジャマをされてできなかったからだとか言われているが、ほとんどの涅槃図に猫は描かれていない。

 ところが、奈良時代から現代に至る間に、珍しい動物を描く絵描きも現れた。現在、「猫入り」「コリー犬入り」涅槃図なども見つかっており、涅槃会でちょっとした話題ともなっている。

●日本で有名な涅槃図どころ

 福岡県の南蔵院には、世界一の大きさを誇るブロンズ製の釈迦涅槃像が横たわっている。全長41メートル、高さ11メートル、重さは300トンにもなるという。あまりの大きさに1枚の写真に収めることも難しいくらいである。日本では珍しい涅槃仏だが、東南アジアではかなり一般的な仏像で、タイの有名寺院ではよく見る姿である。

 日本で最古の涅槃図は、真言宗の総本山である「高野山金剛峯寺」が所蔵している。入滅の前日である14日から常楽会と呼ばれる法会が声明などを中心に2日かけて行われている。

 日本最大の涅槃図は京都・泉涌寺が所蔵しており、大きさが縦16メートル、横8メートルにもなることからお堂に掲げる際には天井と床を使いコの字型に広げられている。こちらでは月遅れの3月15日に涅槃会法要が営まれている。

 このほか、日本最多の127種類もの動物が描かれた涅槃図を所蔵している京都・真如堂では、3月1日から31日までの1カ月間、大涅槃図を公開している。もちろん猫も描かれている。

 暦の関係から京都では3月15日に涅槃会が催行されるところも多いが、東京ではほとんどが2月15日に、例えば浅草寺、増上寺、豪徳寺、高幡不動尊、高尾山薬王院などで涅槃図を前に法要が営まれている。

 涅槃図は「死」をどのように受け止めるべきかを示しているのだという。見る人によっては、残されたものの嘆き悲しみを、別の面からは新しい生を描いているのだという。私はまだまだ死を前向きに捉えられずに、バタバタと見苦しく落ち着かない日々を重ねているだけのような気がしているのだけれども。(文・写真:『東京のパワースポットを歩く』・鈴子)