写真表現としてどこまでの合成、加工が「許容」されるのか、という点は常に議論され続けてきた。その基準は各コンテストでも多様であり、作品のテーマや写真家のスタンスによっても、さまざまな意見がある。

 そこで、現在発売中の『アサヒカメラ』3月号では各界で活躍する写真家に写真の合成と加工に関する「哲学」を聞いてみた。今回はコンテスト審査を行う立場から、写真家のハナブサ・リュウさんに話を聞いた。そのインタビューを一部抜粋して掲載する。



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 ぼくは20年あまり、今年で68回目を迎えるニッコールフォトコンテストの審査員を務めているんですが、いい機会なので、その話をしたいと思います。

 4部門あるコンテストのうち「第1部 モノクローム」と「第2部 カラー」、そして18歳以下を対象にした第4部は合成OKです。大幅な色の変更も認めています。ただし、「画像加工 有り」にチェックを入れて、自己申告しなければならない。

 残りの「第3部 ネイチャー」は自然を対象とした部門で、こちらは合成はダメです。画像を切ったり貼ったり、大幅な変更をしてしまったら、自然じゃなくなってしまいますから。

 でも「表現上必要とされる画像加工した作品」は認めています。昆虫や植物を撮るときにピント位置を少しずつ移動して撮影した複数枚の画像を合成する「深度合成」や、ホタルや星の光跡を表現する「比較明合成」などです。その場合は、応募票の「画像加工 有」にチェックを入れて、撮影場所や撮影状況を記入してもらいます。

 当然のことながら、昔は「画像加工の有無」なんて応募規定にはありませんでした。デジタルの黎明期は合成写真については、わりと無頓着だったんです。

 ところが最近は、さまざまな合成ソフトが出てきて、かなり緻密な合成ができるようになって、合成したのか、見分けがつかなくなってきた。そんなわけで、それを明記してもらう必要性が出てきた。

 個人的には、合成とか加工についてはまったく興味がない。けれど、それに否定的ではないんですよ。

  合成とか加工というのは、やればやるほど作品のつくり手のセンスの良しあしが画面に出てくるものなんです。だから、合成するのであれば、その点をしっかりと考えて、センスを磨いてやってほしい。合成する必然性が感じられ、緻密さも完成度も高くて、面白ければ、それはそれでいいと思うんですよ。そこはかなり重要で、それが認められなければ落とします。

「この合成写真は悪くないね」というケースもありますが、合成して写真がダメになるケースのほうが圧倒的に多いと思いますね。それはつくり手の未熟さによるものだと思います。

 だから合成しなくても十分、写真として面白いのに、お粗末な合成をして作品をこわしてしまう。「なんで、わざわざ、こんなことをしたのか」「やらなきゃよかったのに」って思いますし、悲しいですよ。そんな作品とは出合いたくない。

 よくあるのが、ただ別の画像から切り取って貼りつけただけの合成で、そういうのは、ちらっと見た瞬間に「光の方向が違う」。

 そもそも、写真というのは光と影でできていて、光がものすごく重要。それを考えないで合成しているのを見ると、「この人はふつうにストレートに撮ってもダメだろうな」と思いますね。

 写真は、光をどう見るか、どう表現するか、というところがいちばん重要。そこに始まり、そこで終わるというくらい大切なんです。

 レタッチについていうと、これもいろいろなソフトがあって、合成とは違った意味でかなり過剰な加工をした作品が増えてきました。写真をつくり変えちゃうというくらいになんでもドラマチックにしちゃう。

「ふつうの写真じゃダメなんだ」と思い込んで、過剰にレタッチしている人は多いです。「審査員の目にとまらなきゃいけない」という思いで派手にする。実際はそうではないんだけれど、それがコンテストの「傾向と対策」だと思っている。気持ち悪いような写真になっている人もいます。品がない、を通り越して、「ひどいな」「うんざり」ですよ。(聞き手・構成/アサヒカメラ編集部・米倉昭仁)

※『アサヒカメラ』2020年3月号より抜粋。本誌ではハナブサさんのインタビュー全文と他作品も掲載している。