東京23区内にありながら、電車はたった2両。しかも、日中は10分間隔で運転、一部分を除き複線という不思議なローカル線がある。それは東武鉄道亀戸線。伊勢崎線の曳舟とJR東日本総武本線の亀戸を結ぶ3.4キロの路線だ。乗るのもよし、沿線の公道を遊歩道感覚で歩いて散策するのもよしという、摩訶不思議な世界へご案内しよう。



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■越中島線として計画された亀戸線ショートヒストリー

 東武鉄道は1897年11月1日に創立したが、現在の亀戸線となる路線の建設計画は1895年にさかのぼる。4月の創立総会後、ほどなく本所小梅〜柳島〜平井新田〜越中島(えっちゅうじま)を結ぶ現在の越中島線(約6.4キロ)、5月に東京市本所区と栃木県の足利を結ぶ路線(約79.8キロ。現・伊勢崎線)を敷設すべく、政府に申請した。当時、越中島には港湾があり、両毛地域から主要輸出品である絹織物の輸送を企図していたのである。

 ところが、ルートは東京の外廓線(がいかくせん)として、市区改正の設計と密接な関係があるため、慎重な審査を要するという理由で許可されず、一度は断念した。

 2年後の1897年9月13日、すなわち創立2カ月前に北千住〜下大畑〜亀戸〜越中島(12.9キロ)、下大畑〜小梅瓦町(約1.1キロ)、亀戸〜本所(約1.6キロ)の敷設を申請したところ、1898年10月の仮免許状交付を経て、1900年6月30日に免許状が交付された。なお、亀戸〜本所は諸般の事情でとりやめとなった。

 工事は北千住〜曳舟(仮称・下大畑)〜吾妻橋(仮称・小梅瓦町。現・とうきょうスカイツリー)が順調に進み、1902年4月1日に開業した。一方、曳舟〜越中島は上記区間の開業後に本工事に着手するも、越中島付近の敷設に支障が生じ、ひとまず曳舟〜亀戸の工事を進めることになった。

 同区間は非電化、単線として1904年4月5日に開業。当時、途中駅は天神(1908年4月4日に廃止後、1925年9月4日に再開業)のみ。さらに、亀戸から既設の総武鉄道(現・総武本線)に直通し、1909年2月まで両国橋(現・両国)発着となった。

 これに伴い、隅田川船運の中心地である両国橋に接続できるようになったため、曳舟〜吾妻橋は1904年4月5日に廃止された。1908年3月1日に再開業し、当初は貨物線扱いだったが、1910年3月1日に旅客営業を再開すると、吾妻橋の駅名を浅草に改称。同駅はその後、1931年5月25日に業平橋(なりひらばし)、2012年3月17日にとうきょうスカイツリーと3度改称された。

 一方、亀戸〜越中島(6.5キロ)の延伸は、指定竣工期限が切れたため、1910年8月に免許状が失効。その夢はついえた。

 曳舟〜亀戸で落ち着いた亀戸線は、1928年4月15日に複線化と直流電化が同時に実施された(現在は曳舟駅構内のみ単線)。併せて虎橋通(とらばしどおり)、十間橋通(じゅっけんばしどおり)、平井街道(現・東あずま)、北十間、亀戸水神(かめいどすいじん)の各駅が一挙に開業し、利便性が大幅に向上した。しかし、東京大空襲による被災などの影響で、戦後は虎橋通、十間橋通、天神、北十間の各駅が廃止され、現在に至る。

■亀戸線を彩る8000系リバイバルカラー

 東武は亀戸線の活性化に動き、各駅の駅舎の佇まい、沿線の下町情緒たっぷりの町並みに注目し、2016年3月23日から「昭和30年代の通勤形電車標準色」、2017年2月16日と7月13日から「昭和30年代の試験塗装車両」2種類のリバイバルカラーの運行を開始。廃車が進む8000系がもうひと花を咲かせた。

 亀戸線の列車は朝方3編成、日中以降2編成で運用されるが、全列車がリバイバルカラーで運行される確率は低そうだ。また、朝方用の1編成は運行を終えると亀戸に留置され、12時11分頃に回送電車として西新井へ向かい、大師線の運用に就く。

■乗り換えればすべてが激変

 亀戸線の起点となる曳舟は一部の列車を除き、5番線から発車する。ホームから間近にそびえたつ、雄大な東京スカイツリーが太陽の如く輝きを放つ。

 発車した列車は地平へ下りると、小村井(おむらい)へ。駅舎付近の踏切は明治通りと平面交差する。渋谷側の明治通りとは異なり、交通量は少ない。大通りと鉄道が踏切で交差する光景は、東京23区内では珍しくなった。

 踏切の両側には交差点を示す信号機がある。左側は通常の青ではなく、一旦停止して安全確認をしてから発進を示す赤点滅である。約40秒続いたのち、注意喚起の黄色、停止の赤固定に変わると、交差する歩行者用の信号が青に変わる。踏切が鳴動しなくてもこの状況なので、警視庁は事故防止に細心の注意を払っているようだ。踏切が鳴動すると、明治通りは赤固定信号、歩行者用は青信号が延々続く。遮断機が上がると、信号が変わる仕組みになっている。

 東あずま(ひがしあずま)は、素朴で庶民的な駅舎が昭和の風情を感じさせる。日中はここで上下列車が顔を合わせる。単線でいう「行き違い」ではないが、複線でも走行中にすれ違う機会が少ない珍しい路線である。

 隣の亀戸水神も含め、東京23区内では珍しく、駅舎から隣のホームへ渡るための構内踏切が存在する。地下道や橋上駅舎を建設する余裕がないようだ。これが幸いし、先述した「各駅の駅舎の佇まい、沿線の下町情緒たっぷりの町並み」につながったといえよう。

 亀戸水神を発車すると、右へ曲がり、総武本線に合流する。亀戸付近の踏切の近くにトンネルがあり、踏切が鳴動中はここで涼む人が多い。

 亀戸が近づくと、ほのぼのとした町並みから一転し、都会の雰囲気となる。それもそのはず、総武本線の各駅停車は10両編成、快速は11両もしくは15両編成で運転されているのだ。たった数百メートルで、町並みが激変するのだから、東京という街の不思議さを物語る。東京23区内でありながら、列車を乗り換えるだけで町並みの激変を楽しめるのが、亀戸線の旅の魅力である。

■亀戸からの連絡きっぷに注目

 亀戸線亀戸駅を見ると、JR線・千代田線の連絡きっぷ運賃表が目にいく。亀戸〜北千住は東武経由で、東京メトロ千代田線綾瀬、JR東日本常磐線亀有〜取手の乗車券を発売しているのだ。

 隣のJR東日本の運賃表(きっぷの運賃)と比較すると、

北千住:東武経由200円/JR東日本経由220円

 と東武経由が安い。

 一方、

綾瀬:東武経由340円/JR東日本経由310円
松戸:東武経由420円/JR東日本経由400円
我孫子:東武経由680円/JR東日本経由650円

 と、綾瀬〜我孫子ではJR東日本経由が安い。

 しかし、その先になると

天王台:東武経由680円/JR東日本経由730円
取手:東武経由770円/JR東日本経由820円

 と、東武経由の方が安いのは意外である(連絡きっぷの運賃表は取手まで)。こういう違いはレールファンにとって興味深いところだろう。

 東京都は2020年10月1日から、Go Toトラベルの対象に入る予定だ。しかし、今も遠くに出かけることを心配している人も多いだろう。そんな今だからこそ、亀戸線を散策し、路線の刻んできた歴史や下町情緒を肌で感じる旅はいかがだろうか。(文・岸田法眼)

岸田法眼(きしだ・ほうがん)/『Yahoo! セカンドライフ』(ヤフー刊)の選抜サポーターに抜擢され、2007年にライターデビュー。以降、フリーのレイルウェイ・ライターとして、『鉄道まるわかり』シリーズ(天夢人刊)、『論座』(朝日新聞社刊)、『bizSPA! フレッシュ』(扶桑社刊)などに執筆。著書に『波瀾万丈の車両』(アルファベータブックス刊)がある。また、好角家でもある。引き続き旅や鉄道などを中心に著作を続ける。