姜尚中、元徴用工問題は「問題の本質からずれてしまっている」

姜尚中、元徴用工問題は「問題の本質からずれてしまっている」

 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 徴用工判決後、「国交断絶」「外交戦争」などと声高に叫ぶ人がいるほど、日韓関係は急速に悪化しています。残念なことに、反日と嫌韓の「国家と国家」「ナショナリズムとナショナリズム」のような対立の図柄が描かれているため徴用工の問題の本質からずれてしまっているのです。そこにK−POPグループの騒動が加わり、対立は国民感情のレベルになっています。

 前回、このコラムでも述べた通り、法理上は請求権協定で完全に最終的な解決が行われています。私自身も日本政府がこの点について請求権協定の解釈を1ミリも動かす必要はないと思っています。それを前提にして「国家と国家」のブラインドスポットに放置されてきた人権を侵害された人々を、どう救済するべきかという問題があるのです。例えば、1991年の参院予算委員会で、当時の柳井俊二条約局長が「請求権協定は個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることができないという意味である」といった趣旨の答弁をしています。条約局長とは国家間の取り決めや、条約等々の解釈の責任者です。この発言があったから、韓国側は日本の裁判所に訴えを起こしました。日本の裁判所は「請求権協定で解決済み」という判断を下しましたが、判決文を読むと、なかにはその惨状は忍びがたいといった発言をしている裁判官もいました。

 冷たい法律の文言と個別的な人権との隙間を埋めることが政治の知恵であり外交だと思います。しかしこう考えてみてはどうでしょうか。今後、福島での原発被害者の損害補償でも法律を作って補償対象とするかどうかの線引きをするでしょう。そこから漏れた人たちは国や東電を相手に裁判をすることになるはずですし、既にそうした動きがあります。それがたまさか、被害者が海外にいることで個人ではなく国家と国家との外交交渉となったために本質がわかりにくいのです。請求権協定を1ミリも動かさず、どうやったら損なわれた人権を救済できるのか、知恵を絞ることが求められているのです。

※AERA 2018年12月3日号


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