米国国境ルポ メキシコ国内で「移民キャラバン差別」の実態

米国とメキシコの国境に、中米からの移民キャラバンが到着した。トランプ大統領が米軍まで投入し、催涙弾が発射される事態に発展。その現場では、弱者への差別が連鎖していた。
* * *
「美しい壁をつくろうじゃないか」
米国大統領のドナルド・トランプが2016年の大統領選中から、そう何度も繰り返してきたメキシコとの間の「国境の壁」。それが本当に必要なのかどうか、人々の関心を集める局面が米国で訪れている。
中米から、米国入りを目指して4500キロもの距離を移動してきた「移民キャラバン」が、11月半ばに米国の国境までたどりつき、一方でトランプは米軍5千人まで動員して、国境を守る考えを鮮明にしたからだ。
国境で何が起こっているのか。
その現場である米サンディエゴ郊外、米国本土の西側の端で国境線を接する「インペリアルビーチ」。11月にもかかわらず、強い日差しで汗ばむ陽気だった17日、私は現場を訪れた「国境の壁」は6メートルほどの高さがある鉄製のフェンスだった。
フェンスの上には、鉄条網が幾重にも張り巡らされ、米国境警備隊員が目を光らせている。少しでも近づこうとすると、大きな警告音が鳴る。上空には時折ヘリコプターが旋回し、ものものしい警戒態勢だ。
フェンスの向こうのメキシコ側では、「壁」のすぐそばまで観光客が近づいて、隙間から米国側を眺めて写真を撮ったり、手を振ったりしている。
それと比べて米国側は、鉄製フェンスの「壁」の内側約30メートルのところに、もう一つのバリケードが設けられていた。「壁」は二重になっており、近づくことすらできなかった。
ジョン・ブラッドショー(56)は、近くの町で大工をしている。中米からの移民キャラバンが押し寄せていると聞き、いても立ってもいられず、この土曜日の朝、国境までやってきた。
「ここで不法移民を食い止めなければ、どんどん北上されてしまう。ここで止めないといけないんだ」
米国旗をあしらったTシャツ姿のブラッドショーは、私に早口でまくし立てた。
●米国人の日常を支えてきた移民が「向こう側の人」に
ただ、この海岸にある高さ6メートルほどの壁は、以前からある。新たに建設されたものではない。トランプの大統領選キャンペーンで象徴的な公約だった「国境の壁」の建設は、ほとんど実現していないのが実態だ。
そもそもトランプは、「壁」建設のための大規模な予算について、米議会の承認をとりつけられていない。「メキシコに払わせる」とも公約してきたが、メキシコ側も断固拒否の構えだ。
私は、インペリアルビーチに集まってきているさまざまな米国人に話を聞くなかで、印象に残ったことがあった。
壁建設への「賛成派」も、「反対派」も異口同音に「不法に入ってくるのはよくない」と語ったのだ。
「不法移民は認められない」というのは当たり前のことではある。
この20年弱、私は米国と日本を行ったり来たりして暮らしてきた。米国で感じるのは、庭の落ち葉収集から、さまざまな家事の手伝いに至るまで、米国人の暮らしを低賃金労働で支えているのは、こうした移民たちである、という実態だ。
米国人たちの多くは、不法であろうとも移民との「持ちつ持たれつ」を容認する雰囲気が強かった。移民を仲間として受け入れる寛容な雰囲気を感じることが多かった。
それがこの半年あまり、移民を「向こう側の人」と捉える空気が強まっているように漠然と察していた。国境の現場で取材するうちに、その変化が確実に起こっていることを、まさに肌で実感した。
トランプが約束した、構造物としての「大きな壁」はできてはいないけれど、「心理的な壁」は拡大しているように思えたのだ。
そもそも、米国人の心の不安をいまかきたてている「移民キャラバン」とは、どんな人たちなのか──。
冒頭の取材の翌日、国境の検問所を徒歩で越え、メキシコ側のティフアナに入った。
目を見張ったのは、ティフアナの発展ぶりだった。
15年前、やはり米国への不法入国問題の取材で訪れたティフアナは、国境を越えた瞬間からごみが目立ち、身の危険を感じる場所だった。
ところが、いまのティフアナは、米国側とさほど変わらない雰囲気で、アメリカナイズされたメキシコの町という風情になっていた。米国内と同じように、配車サービスの「ウーバー」を使って、移動できた。
そんな町の雰囲気が、にわかに険しくなった。警察がバリケードを築き、人の出入りを厳しく制限している。中にあったのは、移民キャラバンの避難所だった。
避難所には、女性や幼い子どもの姿もあるが、大半は10代後半や20代の若い男性たちだ。よく日焼けした顔が、1カ月余りにも及ぶ陸路の長旅を感じさせる。
バリケード内には、時折ボランティアが食べ物を届けにくる。するとキャラバンの参加者たちが一気に取り囲んで、黒山の人だかりとなり、提供されるサンドイッチなどを奪い合うように手にしていた。
避難所は、地元のスポーツセンターをティフアナ市が急遽、開放したものだった。野球場2面と関連施設の中に、2千人以上が文字通り、ひしめきあって暮らしていた。食料が足りず、いらだっている人が少なくなかった。
この日は日曜日。その避難所の入り口から100メートルも離れていない場所に、プラカードを掲げた人たちが詰めかけて大騒ぎになっていた。
移民キャラバンに反対するティフアナ市民ら500人以上がデモを行っていたのだ。
警官隊は、デモ隊と接触させまいと、移民キャラバンの参加者たちを避難所の中に押し込めていた。フェンスの内側で、ひしめきあう移民キャラバンの参加者たちは、まるで収容所の中にいるようにも見え、気の毒に思えた。
ホンジュラスから移民キャラバンに参加したカルロス・ヘルナンデス(27)は、「私たちは迷惑をかけに来たのではない、ということをわかってもらいたい。私はただよりよい生活をしたいだけなのに」と戸惑った様子だった。
もともと銀行などの警備員の仕事をしていたが、犯罪組織から「協力しろ」と何度も脅かされるようになっていたという。拒んでいると、今度は「家族に危害を加える」と脅迫され、どうしようもない状況に追い込まれていた。移民キャラバンが米国国境に向かって進み始めた話を聞き、「これに参加するしかない」と合流した。
ホンジュラスには妻と幼い子どもを残してきている。「いずれは家族を呼び寄せたい」と話した。米国に入国できなくても、「カナダでも、メキシコでもいいから、仕事を見つけたい」。
●生活が脅かされる不安感じ、メキシコでも「出て行け」
こうした、やむにやまれぬ事情で米国国境を目指してきた移民キャラバンの参加者たちに、なぜティフアナ市民たちは「出て行け」と迫るのか。
背景にあるのは、国境をはさんで、サンディエゴとティフアナが経済的に強く結びつき、ティフアナの住民が享受してきた豊かで安全な生活が脅かされることへの不安だった。
地元の研究者によると、ティフアナ市の経済は過去20年にわたり、急激な拡大を続けてきたという。サンディエゴ市側は生産性の高いハイテク企業が集積しているのに対し、ティフアナ市側は、工場での組み立てなど労働集約的な役割を担い、相互補完的な経済圏を構成するようになっているのだ。そのおかげで、ティフアナ市には医療機器の組み立てなど、より高度な工場が集積するようになり、労働力の高学歴化も進んでいた。好循環が作りだされているのだ。
米国在住のメキシコ系移民2世、30代前半のアルベルトは、「みなが恐れているのは、移民キャラバン対策で、米国側が国境を急に閉鎖することだ」と話した。姓も正確な年齢も記事にするのは拒否された。微妙な立場がうかがえる。
アルベルトの心配どおり、両国の国境をつなぐ、経済の大動脈に位置する米側の「サニーシードロ検問所」では、国境警備隊が海兵隊の応援を得て、大量のバリケードを用意していた。
11月19日早朝には、移民キャラバンが押し寄せるという情報があったとして、米当局は同検問所を数時間にわたり閉鎖した。
●「壁」を越えた移民に催涙弾、夢は絶望とやるせなさに
恐れていた事態が起こったことに、サンディエゴに住むグロリア・ロペス(57)は、いらだちを隠さない。「よりよい生活をしようという気持ちを否定するつもりはない。でも不法移民はだめだ」。自身も14年前にティフアナから米国に移住し、7年前に米市民権をとった。同じ移民として、一定の共感はあるものの、自分が築いた生活を脅かされることは我慢できないようだ。
トランプは、一部の移民が犯罪に手を染めている、という不安をあおり、国境に「大きな壁を築く」と訴えてきた。それは米国民の間に、移民に対する不安感を植え付け、寛容さを失わせ、さざ波のような影響が広がっていた。
そして、より弱い者を攻撃する風潮は、国境を越えたメキシコ側でも連鎖していた。米国と経済的な結びつきを強め、好調な経済を享受してきたティフアナの人々の間では、中米からやってきたキャラバン、というより弱い存在を差別する空気が広がっていた。
「国境の壁を築こう」というトランプの訴えは、国境にまたがる一帯で、より弱者を差別する構造の連鎖を生み出していた。
そしてトランプは追い打ちをかけた。「彼らはメキシコで犯罪と大きな問題を引き起こしている。本国に帰れ!」とツイート。11月20日には米国土安全保障長官のニールセンがインペリアルビーチにまで足を運び、私たち記者団の前で、「不法にわが国には入れない」と移民キャラバンに警告したのだ。
メキシコからも米国からも厄介者扱いされるなかで、移民キャラバンの人々はいらだちを強め、袋小路に陥りつつあるように私には見えた。
11月25日、移民キャラバンは暴発した。数百人が国境に押し寄せ、一部は壁を越えたのだ。米当局は催涙弾を放ち、42人を逮捕。検問所も一時遮断。無理に国境を越えられないこともはっきりした。12月になってもティフアナの避難所に留め置かれた人たちの状況が好転する兆しはない。大勢の人々が描いた米国入りの夢は、絶望とやるせなさに変わりつつある。(文中敬称略)(朝日新聞記者・尾形聡彦)
※AERA 2018年12月17日号
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