哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官が米軍のドローンによる爆撃でバグダッド空港で殺害された。自分たちが敵とみなす者は、いつでも好きな時に、好きな場所で殺すことができることをトランプ大統領は世界に誇示してみせた。これをきっかけにアメリカとイランの戦争が始まることを恐れる声は多い。トランプはいったい何を実現しようとしてこのような行動に出たのだろうか。

 トランプはリバタリアン(自由至上主義者)である。リバタリアンには二つ嫌いなものがある。納税と徴兵である。自分が経済的にどう困窮しようと公的支援を求めない(だから税金は払わない)。自分の命は自分で守る(だから軍隊には行かない)。というのがリバタリアンの骨法である。トランプは足の疾患を理由に兵役を逃れ、大統領選挙中に連邦所得税の不払いを咎(とが)められた時にも「私が節税できるのは、私がスマートだからだ」と意に介さなかった。

 リバタリアンなら軍隊が嫌いなはずである。将軍たちも彼のことを嫌っているはずである。そういう人物がなぜ好んで「戦争カード」を切ってくるのか。

 将軍たちより自分の方がスマートに戦争をマネージできることを誇示して、将軍たちに屈辱感を与えたいのかもしれない(彼は人に屈辱感を与えることになると異常に勤勉な人間だから)。あるいは北朝鮮相手にしたように、軍事的恫喝を加えた後いきなり友好的な態度に切り替えて局面を打開する例の「ディール」がしたいのかもしれない。トランプが何を考えているかは誰にも分からない。

 権力者が「何を考えているのか分からない」と思わせることで他のプレーヤーたちをコントロールする政治技術が存在する。「マッドマン・セオリー(狂人理論)」と呼ばれるもので、リチャード・ニクソンはその信奉者であった。

 大統領の知性が不調で、情緒が不安定で、「次に何をするかわからない」と思わせることで、他国のアメリカに対する態度を抑制的なものにおしとどめることは理論上は可能だ。だが、おのれの知的安定性を放棄することを代償にして他人を支配しようとする人間の言葉を誰がこれから信じるだろう?

※AERA 2020年1月20日号