私は子供の頃からサッカーをしていました。京大での学生時代は学生サッカー部に夢中でした。3年間、キャプテンも務めたほどで、社会人リーグの試合にも出たことがあります。サッカーそのものも楽しかったですが、サッカーを通じてチームワークの大切さや、先輩−後輩関係など、日本社会について多くを学べた事は大きかったです。



 当時は京都パープルサンガの試合を見に西京極スタジアムに行くのが楽しみでした。一番印象的だったのは、ピッチで走る選手のテクニックだけでなく、観客席で起きていることでした。サポーターが行儀よく応援し、子供連れの家族がお弁当やおにぎりを食べる姿があり、汚れていないピカピカの観客席がありました。他国のサッカー観戦に時々見られるような暴力的な雰囲気はありませんでした。

 日本サッカー協会(JFA)は1921年(大正10年)に、プロリーグであるJリーグは1993年(平成5年)に設立されました。大阪大学で日本サッカー史に関する修士論文を書いた私の教え子であるマコバー・イタイ氏によると、Jリーグは選手のレベルも、サッカー観戦初心者を引き込むことにも成功を収めているようです。ガンバ大阪サポーターへの数時間に及ぶインタビューで見えてきたのは、ガンバ大阪サポーターとセレッソ大阪サポーターに見られるようなサポーター同士の熱いライバル関係がJリーグ観戦をより魅力的なものにしていることです。

 私の暮らすイスラエルではサッカーは最も人気のあるスポーツです。どの街を歩いていてもサッカーボールを追いかける子供の姿を見ることができますが、残念ながらイスラエル代表チームは一回しかワールドカップに出場したことがありません。ヨーロッパの強豪チームとの国際試合でもいつも負けてしまいます。それでもイスラエル国民はサッカー観戦が大好きで、多くの人が試合会場に足を運んでいます。人口八百万のイスラエルには2つのプロリーグ(日本でいうJ1とJ2に相当)といくつかのセミプロのチームがあります。

 イスラエルのサッカーには深いユダヤ人のルーツもあります。ヨーロッパと南米の有名なサッカークラブにはユダヤ人の存在感が強く、20世紀初頭にユダヤ人によって設立されたものもあります。その中にはロンドンのトッテナムFCクラブ、アムステルダムのアヤックス、さらには1933年にユダヤ人のクラブオーナーとコーチがナチスによって追放を余儀なくされたドイツの名門バイエルン・ミュンヘンもあります。

 イスラエルのサッカーで興味深いのは、各クラブチームがそれぞれ政治的なイデオロギーを持っている点にあります。サポーターは他国のように主に住んでいる地域のクラブチームを応援する構造ではなく、政治的なイデオロギーでサポートするチームを選択しています。イスラエルの主要都市にはHapoel(ハポエル・カタモン・エルサレムFC)とBeitar(ベイタル・エルサレムFC)、Maccabi(マッカビ・テルアビブFC)という3つのチームがあります。
 
 ハポエル・カタモン・エルサレムFCはスペインの名門バルセロナFCをモデルとしてファンによって作られたクラブチームです。政治的には左派に属し、主にイスラエル労働党の支持者がサポーターです。対するベイタル・エルサレムFCは右派に属し、ネタニヤフ首相が率いるリクード党の支持者が主なサポーターです。マッカビは前述の2チームの中間あたりに存在しています。

 中でも右派のベイタル・エルサレムFCのサポーターは政治的イデオロギーが強く熱狂的で、イスラエル中にサポーターのベースがあります。ネタニヤフ首相をはじめとする右派政治家も時々試合観戦に訪れます。サポーターの中には狂信的でヨーロッパのフーリガンのように暴力的で差別的な振る舞いをする人も残念ながら存在します。

 ベイタル・エルサレムFCはイスラエルのトップリーグの中で唯一アラブ系のイスラム教徒の選手と契約したことがありません。イスラム教徒に対して差別的であるとして繰り返し制裁も受けています。しかし2年前、ベイタル・エルサレムFCの人種差別的なイメージを変えよう考えたイスラエル人経営者兼投資家のモシェ・ホッグ氏によって買収されました。ホッグ氏は、人種差別的なサポーター個人に対し訴訟を進めていると同時に、イスラム教徒の選手との契約を計画していると伝えられています。

 エルサレムを拠点とする上述の2チーム内、右派のベイタル・エルサレムFCに対するハポエル・カタモン・エルサレムFCの試合会場では、左派らしくチェ・ゲバラの旗やLGBTのレインボーフラッグが掲げられることもあります。

 イスラエルという国は政治的に常に緊張した状態にあるため、子供から大人まで国民それぞれが政治的な意見をもっています。イスラエルにおいて日々繰り広げられる政治的議論は国技のようなものです。サッカーのクラブチームの在り方が政治的なイデオロギーに影響されているのも国柄と言えるのかもしれません。イスラエルの政治を理解するために − 私はサッカーの試合を見に行くことをお勧めします。できればエルサレムで!

○Nissim Otmazgin(ニシム・オトマズキン)/国立ヘブライ大学教授、同大東アジア学科学科長。トルーマン研究所所長。1996年、東洋言語学院(東京都)にて言語文化学を学ぶ。2000年エルサレム・ヘブライ大にて政治学および東アジア地域学を修了。07年京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科修了、博士号を取得。同年10月、アジア地域の社会文化に関する優秀な論文に送られる第6回井植記念「アジア太平洋研究賞」を受賞。12年エルサレム・ヘブライ大学学長賞を受賞。研究分野は「日本政治と外交関係」「アジアにおける日本の文化外交」など。京都をこよなく愛している。