新型コロナウイルスの感染拡大で国際社会が揺れている。政治的な混乱や経済の打撃はテロ活動にも大きな影響を及ぼす可能性が高く、すでにその兆候がみられるという。国際安全保障や国際テロリズム論を専門とする和田大樹氏が、新型コロナウイルスと国際テロ情勢をテーマに論考を寄せた。



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 新型コロナウイルスの感染が各国で猛威を振るうなか、それがテロ組織の拡大に利用される危険性があるとの懸念が、専門家の間で広がっている。例えば、英国の国家対テロ当局は4月22日、イスラム国などのテロ組織が便乗し、病院など新型コロナウイルスが関連する施設を狙ったテロを実行する可能性があると警告した。

テロの脅威にさらされる危険性があるのは英国だけではない。感染拡大で各国政府の新型コロナウイルス対策に市民の不満が高まるなか、テロ組織は“政治的隙”を突いて支持を拡げたい狙いがあるのだ。

 まず、ここ4カ月間の国際情勢を振り返ってみたい。日本では、年末の紅白歌合戦が終わって年が明けた際、多くの人が「さあ、東京五輪だ!」と明るい未来を疑わなかっただろう。しかし、すぐに米国とイランの緊張が高まり、市場関係者らの中東リスクへの懸念が拡大。そして次に飛び込んできたのが、未知のウイルスが中国で流行しているというニュースだ。世界のメディアは当初、中国・武漢で感染症が拡大し、被害者が出ているとは報道したが、あくまでも“局地的”な問題という扱い方だった。

 だが、それは一気に“グローバル”な問題へと変化した。中国で猛威を振るったウイルスは韓国やイラン、さらに欧州や米国へと感染が拡大し、感染者数と犠牲者数は“戦争被害”と思わせるレベルに至っている。

収束への道筋はまだ見えてこないものの、国際政治の世界では、早くもポストコロナ時代の大国間覇権がいかに展開されるかに注目が集まっている。そのひとつは感染源と流行拡大をめぐる“犯人さがし”だろう。

  すでに、中国は自らの責任を払拭するかのように、“感染源国”から“国際支援国”へと舵を切った外交を積極的に展開しており、国際社会における中国の影響力を確保することに徹している。

 米政府には武漢の研究施設で人への感染がおきて市内に広がったとうい説があり、トランプ大統領も非難を強めているが、ドイツやメルケル首相やフランスのマクロン大統領も同様に中国への懸念を表明している。今後、米中を中心に大国間の対立や緊張が今まで以上に高まる可能性がある。

また、国際通貨基金(IMF)は4月9日、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、2020年の世界経済の成長率が急激なマイナスに転じ、1930年代の世界恐慌以降で最悪の経済危機に直面するとの見通しを示した。既に、その影響は各国で深刻な数字として出始めている。

こういったポストコロナ時代の国際政治や世界経済は大きな問題だけに、今後も世界のメディアで毎日のように報道されることだろう。

 新型コロナウイルスによる大きな影響はそれだけではない。冒頭で述べた通り、筆者が研究する国際テロリズムの領域でも、新型コロナウイルスの感染が各国で猛威を振るうなか、それがテロ組織の拡大に利用される危険性があるとの懸念が専門家の間で広がっている。

 まず、医療体制が脆弱なサハラ地域やアフリカ東部などについての懸念だ。新型コロナウイルスへの対応に政府の時間が割かれることで、軍や警察の対テロ作戦に支障が生じ、それによってイスラム国やアルカイダを支持するイスラム過激派の活動が活発化する可能性が指摘されている。

次に、新型コロナウイルスによって壊滅的な被害が生じている欧米諸国では、移民・難民などへの風当たりが強まることで、ナショナリズムや排外主義の風潮がいっそう高まる可能性がある。暴力的な白人至上主義組織や極右団体が支持拡大にそれを利用する恐れが指摘されているのだ。

 イスラム国というと、日本ではすでに過去の存在というイメージがあるかもしれない。だが、イスラム国の「脅威」は今なお残っている。確かに、イスラム国のシリア・イラクにおける支配領域はなくなった。しかし、生き残った戦闘員は逃亡し続け、アジアや中東、アフリカなど各地ではイスラム国を支持する武装勢力が活動しているのだ。そして、アルカイダも、それを支持する組織を中心に国際的なネットワークを維持している。

  2018年11月、米国・ワシントンに拠点を置くシンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)は、イスラム過激派の動向に関する報告書を公開した。それによると、アルカイダやイスラム国と関連するイスラム過激派は、世界に67組織(9.11時から約1.8倍に増加)存在し、そういった組織に参加する戦闘員は、中東やアフリカ、南アジア、東南アジアなど各地域に合計で10万人〜23万人いるとした。国別では、シリアが4万3650人〜7万550人と最も多く、アフガニスタンに2万7000人〜6万4060人、パキスタンに1万7900人〜3万9540人、イラクに1万〜1万5000人、ナイジェリアに3450人〜6900人、ソマリアに3095人〜7240人いるとした。この数字がどこまで合っているかは現時点で不明だが、昨年、米国防総省や国連も同様の見解を示している。

 一方、特に昨年以降は、イスラム過激派より白人至上主義者(組織)によるテロの方が目立つ。2019年3月のニュージーランド・クライストチャーチモスク銃乱射テロ事件を皮切りに、同年8月の米国・テキサス州エルパソ銃乱射テロ事件、同年10月のドイツ・ハレユダヤ教施設襲撃テロ事件など、白人至上主義者によるテロ事件が断続的に続いている。

 そのようななか、米国のインテリジェンス・セキュリティコンサルティング企業「Soufan Group」は昨年9月、暴力的な白人至上主義に関する論文を発表した。それによると、2014年のウクライナ危機以降、2019年6月までに戦闘や軍事訓練のためウクライナにやってきた白人至上主義者は、世界55カ国あまりから1万7000人を超えるという。そのうちロシアが最大1万5000人と大半を占めるが、ドイツから150人、フランスから65人、イタリアから55人、北米から49人、南米から11人、オセアニアから10人などと各地から戦闘員が集まっている。

Soufan Groupは、数万人の外国人戦闘員がイスラム国に参加するためシリア・イラクに流入したように、SNSやネットで情報を知った白人至上主義者たちが世界中から集まり、暴力的な白人至上主義者のグローバルなネットワークが形成されているとした。

 こういったイスラム過激派や白人至上主義組織、もしくはそれぞれの支持者たちは、新型コロナウイルスの感染拡大に呼吸を合わせるかのように、「敵(イスラム過激派にとっては欧米やイスラエルなど、白人至上主義組織にとっては移民・難民など)に対して攻撃をせよ」、「勢力拡大のチャンスに利用せよ」などと呼び掛ける声明を発信し続けている。

事実、各国でその兆候が見られているようだ。冒頭に例として挙げたが、英国の国家対テロ当局は4月22日、イスラム国などのテロ組織が便乗し、病院など新型コロナウイルスが関連する施設を狙ったテロを実行する可能性があると警告した。また、米国土安全保障省は3月、白人至上主義組織が2月にユダヤ系の米国人や警察官を標的として新型コロナウイルスを拡散させるテロを計画していたと明らかにした。同組織は、新型コロナウイルスに感染したメンバーに対して、唾やウイルスを混入させたスプレーなどを使って、非白人にウイルスを巻き散らすよう促していたという。

 幸いにも、現在までに新型コロナウイルスに関連する大きなテロ事件の発生は確認されていない。

だが、こういったテロ組織に参加するメンバーの多くは10代から30代の若者で、失業や経済格差、孤独感や社会的差別などが原因として背景にある。新型コロナウイルスによる経済的打撃は測り知れず、おそらく各国でこれまでにない数字を記録する可能性が高い。それによって、失業や低賃金に悩む若者の姿が増えることは想像に難くなく、不満や不信感、怒りを覚える若者がテロ組織の受け皿になるリスクは十分にある。

また、貧困や疫病が深刻な地域では、イスラム過激派が医療や食糧支援、慈悲活動に積極的に従事することも珍しくない。その狙いは支持拡大だが、今回も政府の新型コロナウイルス対策に住民の不満が高まるなか、イスラム過激派は“政治的隙”を突いて支持を拡げる可能性は十分ありうる。

 ここで紹介したようなテロ組織は超過激で異端なイメージが強いが、実は加入したい者には非常に開放的である。新型コロナウイルスの感染拡大によって世界で溜まる若者の不満とその受け皿としてのテロ組織、これが今後の世界情勢にとって、最も恐ろしい脅威なのである。

<著者プロフィル>
和田大樹(わだ・だいじゅ)/1982年生まれ。オオコシセキュリティコンサルタンツアドバイザー。清和大学非常勤講師。岐阜女子大学特別研究員、日本安全保障・危機管理学会主任研究員も兼務。専門分野は国際テロリズム論、国際安全保障論、地政学的リスクなど。日本安全保障・危機管理学会奨励賞を受賞(2014年5月)。著書に『2020年生き残りの戦略 世界はこう動く!』(創成社)、『技術が変える戦争と平和』(共著、芙蓉書房)、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』(共著、同文館)など