バイデン新政権のスタートを目前に、トランプ氏に攻撃されてきたエリートたちは変わったか。コロナ禍で見えた中国の脅威とは何か。AERA 2021年1月18日号でトッド氏が語った。
* * *
大野博人:社会の分断が各地で深刻化しています。米国のトランプ氏は国民を統合する指導者の役割を放棄して、分断し続けたように見えました。
エマニュエル・トッド:ちがうと思います。もしトランプ氏がもっと礼儀正しくふるまい、その経済政策がまっとうなものだと人びとに認められれば、むしろ米国社会を統合するのに役立ったでしょう。
米国社会を分断し解体する脅威はどこにあるか。それは自らを少数者(マイノリティー)たちの政党と定義する民主党の政治の中に見ることができます。
そこで示されているのは、高学歴で高収入の寡頭支配層の人たち、高等教育は受けたけれど貧しい白人の若者たち、そして黒人、ヒスパニック系、アジア系の大集団などが集まった米国です。これでは統合された社会像になっていません。
もっとも、こんなきつい言い方をしてはいますが、もし私が米国人ならあきらかに民主党左派の支持者です。サンダース派になっていたでしょうけどね。
■特権層の反省なかった
大野:トランプ氏も意見が一致しない人、官僚やジャーナリストなどを敵と見なしていました。
トッド:あなたが言うジャーナリストや官僚は、米国のエスタブリッシュメントです。申し訳ないけど、トランプ氏が彼らを憎み嫌うのには理由があります。
だって、彼の大統領就任以来、ニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポスト紙は批判するばかり。だからトランプ氏もその記者たちを嫌うようになった。これは自然な感情でしょう。
エスタブリッシュメントを攻撃したからといって、米国社会を分断することにはなりません。彼らこそ大統領から攻撃されて自らを振り返ったでしょうか。振り返らなかった。それが悲劇なのです。今の米国に必要なのは、ほんとうに賢明なエスタブリッシュメントです。
最良の教育を受けた人たちが、自分の方がトランプ氏より米国民にとって何が良いのかを判断する権利があると考えるとしたら、それはちがうでしょう。
ふつうの人びとを民主主義への脅威と見なす人は、エリート主義的な情念から民主主義の理念そのものを破壊することになるのです。米国のエスタブリッシュメントの振る舞いは非民主的だったと思います。
それに民主主義がいつもクリーンなわけではありません。すでにその始まりにおいて、他者排斥の要素を含んでいました。特定の人たちが自分たちだけでつくり上げる仕組みです。だからほかの人たちに対抗する。
たとえば米国は米国人のものだと考える。それは、地球という惑星全体にとってすばらしい考え方ではないでしょう。でもそうやって民主主義はできた。
そんな民族単位の民主主義はいやだ、普遍的な帝国を支持する、ローマ帝国やワシントン・コンセンサスの方がいい、グローバルなエリートによって統一される世界を支持する、と主張する権利はあります。けれども、そうやって統合された世界は、民主主義ではない。寡頭制です。それを民主主義だと嘘を言ってはいけません。
大野:グローバル時代の政財界の指導者やエリートが集まって世界にご託宣をたれる「ダボス会議」を思い出します。
トッド:そのとおり。あそこに集う人たちは、自分たちこそ最良の世界を代表していると思っているかもしれません。けれど、それが民主主義だという権利はまったくありません。
大野:あなたの米メディア批判を聞きながら、新聞記者だった自分のことを考えました。
トッド:あなたを批判するつもりはありませんよ。私自身も7年間、ルモンド紙の文化面の仕事をしたことがある。記者の世界はよく知っています。
友人が記者たちをまるで化け物みたいに非難するのを聞いて、言い過ぎだとたしなめたこともあります。批判するのはシステムとしてのメディアです。
■コロナに強い全体主義
大野:さてコロナ禍に関して、あなたは中国に批判的です。ウイルスの発生源だからですか。
トッド:コロナ禍によって、中国の脅威、とりわけ民主主義と自由への脅威がはっきりしたからです。
コロナ禍で、日本やドイツは比較的うまく対応しました。社会秩序がしっかりしていますから。中国は、その日独よりもっと秩序だっていました。全体主義体制だからです。その結果、危機に対して備えができているのは、全体主義システムの方だということになりました。
私たちは挑戦を受けているのです。歴史はひょっとしたら、全体主義国が持っている武器を民主主義国が持ち合わせていないという時代に入りつつあるのかもしれないからです。
ちょっと1930年代に似ています。ヒトラーのドイツや軍国主義の日本、スターリンのソ連など全体主義的国家の方が、態勢が整っていました。うっとうしい話です。今はその違いが当時ほど劇的な意味は持たないでしょう。でも、全体主義国家の方が危機には強そうです。
また、医薬品をはじめ物資の供給という点でも、中国への依存度の大きさに気づかされました。そして自由への脅威。中国は新しいテクノロジーで監視社会の体制をつくりつつあります。受け入れがたい。
中国を制御する態勢が必要です。コロナ禍は、その意識の高まりを世界で加速することになるでしょう。
ここでいっておきたいのですが、これこそトランプ氏の歴史的な勝利です。中国は問題だと言い出したのは彼なのです。
大野:中国の脅威を押し返すには何が必要ですか。
トッド:米国には、ロシアと敵対するのをやめて中国から引き離す戦略に転じてほしい。
ロシアは、日本と同じように中国に脅威を感じています。そのことを理解しなければいけません。もし、優れた米国の大統領がロシアと友好的な関係を結べば、中国から最先端の軍事技術を遠ざけることができます。
ただ私は中国が世界を支配する国になるとまでは思っていません。中国の優位は一時的でしょう。
■大国でも国内は脆弱
大野:中国が人口動態上の弱みを抱えているからですか。
トッド:そうです。中国は14億という巨大な人口を擁しています。しかし、急速に高齢化しつつあります。これまでは生産年齢人口に恵まれましたが、その人たちが社会保障制度も整わない中で老いていきます。
状況をさらに深刻にしそうなのが伝統への回帰です。人びとはたくさん子どもを持たなくなったけれど、持つ場合は男の子の方をほしがり、性による選択的中絶をしています。その結果、たくさんの中国人男性が結婚できなくなるでしょう。
他方、教育面をみると、高等教育まで受けるのは15%くらい。ほかの先進国よりまだ低い。けれども巨大人口の15%です。たいへんな数になります。
だから中国は二つに引き裂かれています。高い学歴を持つすごい数の人材によって世界レベルで行動しながら、国内では不均衡に苛(さいな)まれている。外では大国、内では脆弱(ぜいじゃく)なのです。
大野:中国共産党が全体主義的な体制を強化しているのは、国内に抱える問題への批判や不満が噴き出すのを恐れて抑え込もうとしているからでしょうか。
トッド:家族構造と社会の関係を分析してきた人類学者としての視点でいうと、中国の全体主義的な体制は単に悪い指導者がいるからという話ではないのです。中国人自身も教育による伝統などの継承によって、権威主義的な気質を身につけています。
それは共産党とは関係ありません。共産党や軍や警察はその恩恵に浴していますが、体制を創造したわけではないのです。
その起源を探ろうとすれば、紀元前200年から紀元後200年ごろの中国での共同体的な家族構造の登場にまで遡(さかのぼ)る必要があります。(一部敬称略)
(構成/ジャーナリスト・大野博人)
※AERA 2021年1月18日号
コロナで鮮明になった中国の脅威 「制御する態勢が必要」エマニュエル・トッド氏が指摘

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