佐藤健、窪塚洋介、北村匠海…実力派俳優が魅せる「家族の物語」

佐藤健、窪塚洋介、北村匠海…実力派俳優が魅せる「家族の物語」

気温も下がり、街中も冬の装いをはじめると、なぜか人恋しくなるものだ。SNSなどのコミュニケーションツールの発達により、ある意味で簡単に人と繋がれる一方、密な人間関係を築きづらいと感じる人も多いのではないか。そんななか“家族”というのは、さまざまな形はありつつも、いまも昔も変わらぬ普遍的な“繋がり”を持つ。11月は“家族”をテーマにした秀作が揃った。物語を彩る実力派俳優たちと共に作品を観ていきたい。


『最初の晩餐』(公開中)

■窪塚洋介ら実力派俳優たちが囲む食卓に注目


数々のCMやミュージックビデオを手掛けてきた常盤司郎監督の初長編映画。7年の歳月を費やし自身がオリジナル脚本を綴った。


父親が亡くなった通夜――注文していた通夜ぶるまいの弁当が来ない。やきもきする娘の美也子(戸田恵梨香)をよそに母親のアキコ(斉藤由貴)は涼しい顔で「キャンセルした」というのだ。アキコは自分で料理を作るというと最初に運ばれてきたのは、父親が初めて作ってくれたという「目玉焼き」だった。そこから不思議な関係の家族の物語が始まる。


父・日登志に扮するのは永瀬正敏。そして母は斉藤。長男シュンを窪塚洋介、長女・美也子を戸田、そして次男・鱗太郎を染谷将太が演じる。父と母は再婚同士であり、父の子が美也子と鱗太郎、母の子がシュン。つまり美也子・鱗太郎とシュンは血の繋がりがない。


こうした複雑な関係が、家族になっていくさまと、崩壊していく様子が丁寧に綴られる。そこにはサスペンス的な要素も含まれ、一定の緊張感を保ったまま物語は進む。特に斉藤、窪塚、戸田、染谷が食卓を囲むシーンは、それぞれが芝居の間を楽しむような駆け引きも感じられ、惹きつけられる。なかでも、染谷、戸田、斉藤という実力派の俳優のなか、窪塚の存在感は圧倒的で「シュン兄」という美也子にも鱗太郎にも憧れの存在である説得力を、瞬時に見せつける。戸田もインタビューで窪塚について「一瞬で芯をついてくる」と絶賛していた。


「家族とはなにか」というテーマの作品は、これまでもたくさんある。この作品は、そのテーマに寄り添いつつも、正解を出さない。それこそがリアルな家族像だということが胸に突き刺さる。


『ひとよ』(公開中)

■スター佐藤健が魅せる“陰”な男

いまや日本映画界でもっとも注目度が高い監督の一人と言っても過言ではない白石和彌監督が描く“破たんした家族の物語”。


タクシー会社を営むある家族。その営業所で事件が起こる。震える口調で母親・こはるは「お母さん、さっき……お父さんを殺しました」と言う。こはるは、異常な父親の暴力から子供たちを守ろうと一線を越えた。


こはるを演じるのは名優・田中裕子。白石監督は母こはるを作品の背骨としてキャスティングし、その子供たちである次男・雄二を佐藤健、長男・大樹を鈴木亮平、妹・園子役を松岡茉優に託した。


母親のしたことは自分たちを守るための行動――と分かってはいるものの、子供たちには複雑な思いが渦巻く。なかでも佐藤演じるフリーライターの雄二は、思いを昇華できず母を素直に受け入れられない。刑期を終え出所して来た母と15年ぶりに再会するも、やり場のない感情は、自らを追い込むように負の形として家族を追い込む。


白石監督が話すように、田中の超然とした佇まいが物語の幹として中心にあるのはもちろんだが、雄二の怒り、悲しみ、愛情、諦めといった複雑な感情を表情や行動、仕草で表す佐藤の演技には脱帽する。

佐藤と言えば、その華々しいルックスはもちろん、数々の映画やドラマで主演を果たすなど、若くしてスターという位置づけの俳優であるが、一方で主役を引き立たせるような立ち位置からでも物語を引き立てることができる演技派の一面も持つ。本作では、そうした佐藤の特性が非常に良く出ている。


群像劇であるため出演者が多いなか、しっかりストーリーラインの中心に立つ役割を果たしつつ、周囲を立たせる芝居も見せるのだ。そこには鈴木や松岡、佐々木蔵之介、音尾琢真ら芸達者な役者が配置されているという部分も大きいのだろうが、意識することなく明と暗のコントラストを楽しむことができる。


物語は重い。しかし佐藤が東京国際映画祭のレッドカーペットイベントで「一度崩壊してしまった家族がまた再生するには、かなりの勢いでぶつかる必要がある」と話していたように、佐藤の静かな演技のなかに秘めた爆発的な思いは、多くのことを考えさせるほど熱い。


『影踏み』(公開中)

■北村匠海の吸収力はレジェンドミュージシャン相手でも健在!

人気作家・横山秀夫のミステリー小説を、名匠・篠原哲雄監督で映画化。プロの窃盗犯として生きていた真壁修一(山崎まさよし)が、年の離れた弟・啓二(北村匠海)と共に、自らが窃盗に入ったときに遭遇した事件の謎に迫る姿を描く。


映像化は不可能と言われた横山の傑作小説の映像化ということで、作品のカテゴリーとしては犯罪ミステリーと位置づけられるが、注目したいのは、山崎と北村が織り成す兄弟のストーリーだ。


この二人、実年齢では親子ほどの年齢差があるが(映画公開時、山崎は47歳、北村は22歳)、劇中で見せる山崎と北村のシーンでは、本当の兄弟のような佇まいを見せる。


兄弟というのは、顔形が似ていなくても、雰囲気や仕草などが似ることがある。それは長年同じ環境で生活してきたからこそ、醸し出されるもので、芝居の世界では、その乖離を“技術”で埋めることが求められる。前述した『ひとよ』のメガホンをとった白石監督も三兄妹のキャスティングについて「芝居が上手い人」とコメントしていた。


それだけ“技術”が求められるが、山崎は過去、映画への出演があるものの、本職はミュージシャンだ。ある意味で“技術”を求めての起用ではないだろう。しかもこの二人は本作が「はじめまして」だったという。互いにコミュニケーションをしっかり取り、食事に行ったり、一緒に帰ったりということはしていたというが、それでも兄弟としてまったく気にならないところまで持っていくのは非常に難易度の高い作業のように思われる。


それを可能にしたのが、北村の吸収力ではないだろうか。『君の膵臓をたべたい』『勝手にふるえてろ』『春待つ僕ら』『君は月夜に光り輝く』など、これまでの作品で北村は圧倒的な吸収力で相手の芝居を包み込んできた。共演者も北村の受けの芝居を絶賛していた。


本作で演じた啓二は、寡黙な修一を導くような立ち位置の芝居だったが、自ら仕掛け、山崎のアクションを引き出し、それを包み込んだ。時に啓二が修一の兄のような錯覚に陥るほどだ。


山崎、北村共にミュージシャンという共通点がある。「ミュージシャンの芝居には独特の間がある」と話す演出家は多い。ある意味で、二人の持つミュージシャンとしての共通の“間”が、見ている側に「他人ではない関係性」を想起させるのかもしれない。


ミステリーとしての謎解きはもちろん、二人の醸し出す“兄弟”も堪能してもらいたい。



文:磯部正和



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