静かな緊張感と充実感で満たされていた。福山雅治と彼を支えるバンドメンバー、そして進行役を務める荘口彰久やスタッフなどが、本番開始10分前にスタジオの前に集まり、本日のショーの成功を祈願する気合い入れを行った。本番開始までのカウントダウンが始まり、ホリゾンブルーのゆったりしたシルエットのセットアップに身を包んだ福山が発声を確認する。5秒前。4、3…。スタジオの分厚い扉を開け、福山が一歩を踏み出す。アコースティックギターに語りかけるように爪引き、そのかすかな響きに耳を傾ける。息を吸い込むと、アカペラで『少年』を歌い始めた。

この日、3月21日は福山雅治のデビュー記念日だ。そして今年は30周年という特別な年の始まりを告げるスタートの日でもある。本来であれば、「FUKUYAMA MASAHARU 30TH ANNIVERSARY KICK-OFF LIVE 三十祭!!『序』」が横浜アリーナで開催されているはずだった。しかしご承知の通り、新型コロナウィルスの影響により開催が中止となってしまった。そこで、本人を中心に多くのスタッフやWOWOWとの協議を重ね、実施に漕ぎ着けたのが、「福山雅治 30th ANNIVERSARY KICK-OFF STUDIO LIVE『序』」だった。事前に「福山歌! はじまりの歌」のリクエストを広く募り、TOP30を歴代の映像アーカイブと共にランキング形式でトークも交え発表、TOP10に入ったナンバーをレコーディングスタジオから生演奏でお届けするというものだ。ライブとテレビ番組、さらにはラジオ番組をハイブリッドしたような前代未聞の大型音楽特番となった。
 
ランキング10位に入った1曲目『少年』の演奏を終え、隣のスタジオにいる荘口彰久とのオープニングトークの中で、福山は視聴者のことを「オーディエンス」と言った。そしてツイッターのつぶやきを「声援」と表現した。「オーディエンス」の「声援」が多ければ多いほどバンドの演奏は熱を帯びていくのだと。その姿勢に、彼がデビューしてから30年もの間、ずっとライブにこだわってきたプライドと、彼とファンとの絆を感じた。

30位から11位までの楽曲はMVやライブ映像で紹介され、それを見ながらトークをしていくわけだが、そこでは過去の貴重なMVの撮影秘話などが語られ、ランキングのドキドキと30年分のヒストリーが同時に味わえる仕掛けとなっていた。


27位に入った『アクセス』のMVは代々木公園に実際にいたカップルの皆さんへの撮影交渉をデビュー間もない福山本人が行ったことを明かしたり、24位の『IT’S ONLY LOVE』を観ながら、シャツのボタンを開けすぎていると過去の自分に突っ込んだり、16位の『Beautiful life』のMVを北海道紋別市のコムケ湖で撮影した際、北海道の大スター・大泉洋に紋別で美味しいお店の情報を教えてもらい、その居酒屋で干ししゃもを初めて食べ、ししゃもはオスもうまいことを知った、などというエピソードが止まらない。それもこれも、福山&荘口コンビのなせる技というところが大きい。過去には「魂ラジ」、そして現在では「地底人ラジオ」と長くコンビを組む二人の軽妙なやりとりはまさにラジオっぽい密室感があって実にスムーズ、かつ、楽しい。思えば、ラジオという媒体も福山にとっては欠かせないものとして強い愛着とこだわりを持っていることは誰もが知っているところだ。

さらにMVだけでなくライブ映像も盛り込まれ、「福山☆冬の大感謝祭 其の九」や「福山☆夏の大創業祭 2009 稲佐山」「WE’RE BROS. TOUR 2014 in ASIA」「福山的祭典〝FUKUYAMAGNUM稲佐山〟」などの映像が使用され、ライブ・アーカイブとしても30年分の活動が詰まった構成となっていた。ちなみに現在、福山雅治Official YouTubeに歴代ミュージック・クリップがフルバージョンで一挙公開されているというから、この放送で様々なエピソードを知った後に改めてチェックしてみるのも面白いだろう。


そしてもうひとつ、別室でツイッターを集計しているカズシゲさんとの中継が繋がり、どのようなつぶやきが寄せられているのかなどの情報が逐一知らされるのもライブ感を感じられるお楽しみになっていた。

番組が始まった時点で国内のトレンドランキング首位に。『虹』(7位)発表直後には世界トレンドランキング5位にランクイン。ついには『家族になろうよ』(4位)の演奏が終わった後には、世界3位まで上昇。圧倒的熱量が可視化され、さらに盛り上がっていくまさにライブな展開に。

ランキングの発表が進行していく中、そこかしこにサプライズがあった。まずはTOP10に惜しくも入らなかった11位『Dear』と12位『約束の丘』をライブで披露。故郷・長崎にある稲佐山をモデルにした『約束の丘』は、否が応でも9月19日(土)、20日(日)、22日(火)の3日間、5年ぶりに稲佐山で行われる『福山☆夏の大創業祭 2020 稲佐山』へ思いを馳せる。まさにここがスタート地点だ。そして、1990年3月21日にデビューした同期で同い歳のミュージシャン、BEGINが生電話で登場。BEGINのデビュー曲『恋しくて』がオリコン4位だったのに対して、福山雅治デビュー曲『追憶の雨の中』はオリコン圏外だったというのももはや懐かしい思い出だ。お互いに30年もよくやってきたね、という労いと、今年は集まって酒を酌み交わそうという話から、最後はなぜか比嘉栄昇からの提案で「石垣島に集合して石垣の野草を食べる」という約束を交わしていた。

今回重要な要素としてあったのが、リクエストとともに寄せられたメッセージだ。ランキングの発表と一緒に披露される1曲1曲へのメッセージは、福山雅治の歌がパーソナルな物語となって一人一人に息づいていることの証明だった。初めてのデートでのドキドキ、出産の喜びや新生活への不安、悲しい別れなど、歌の果たす役割が目に見えるようでもあった。そういったメッセージを受けて披露されるライブ・パフォーマンスの説得力は、他人の物語が自分のものとして感じられるようになるという音楽の共有体験ともいうべきものを一段と深いレベルで体現していた。ライブ会場の熱狂とはまた違うライブの形がここにあったんだと思った。そしてそれが今回のこの大型音楽特番の何よりの特徴だった。第1位は『桜坂』。桜色の照明が映える中でのパフォーマンスは、ジャストな季節感もあり、今この瞬間だけはみんなが同じ思い、同じ景色を浮かべているような気がした。

「歌は、誰も知らない状態で生まれてくる。それに歌詞がついたりアレンジが決まったりして形になって、みんなの元に届いていく。それが僕に返ってきて、またみんなに届く。本当に音楽で繋がっているんだなと実感できた時間でした。人生は楽譜通りには、設計図通りには進まない、と僕の新しい歌で歌っています。思っていたものと違う未来がやって来ても、それこそが辿り着くべき未来だったんじゃないかという思いを込めて」

最後に披露されたのは、新曲『始まりがまた始まってゆく』。この曲を聴きながら思ったのは、ミュージシャンにとってすべての歌が〝はじまりの歌〟であるということ。そしてそれがリスナーの〝はじまりの歌〟になっていく。その幸福な循環がある限り、僕らは大丈夫だ。そうやって背中を押してもらった気がした。

次は〝約束の丘〟で会いましょう。