芥川賞に続き、直木賞も第162回の予想である。候補になった五作、作者五十音順で以下の通り。
小川哲『嘘と正典』(早川書房)
川越宗一『熱源』(文藝春秋)
呉勝浩『スワン』(KADOKAWA)
誉田哲也『背中の蜘蛛』(双葉社)
湊かなえ『落日』(角川春樹事務所)
純粋な意味での時代小説がなく、現代小説寄りになったのが今回の特徴だ。複数回候補が湊一人になり、新しい顔ぶれが並んでいる。こちらもそれぞれの作品について紹介した上で、最後に自分なりの予想を書く。


小川哲『嘘と正典』(早川書房)


今回初めて直木賞候補となる小川はハヤカワSFコンテストの出身者で、第一長篇の『ゲームの王国』で第31回山本周五郎賞を授与されている。『嘘と正典』に収録された作品群は、その流れがあって期待の新星として注目されていた2018年に発表されたものである。巻頭の「魔術師」はその年を代表する短篇の一つであり、私は日本文藝家協会編のアンソロジー『短編ベストセレクション 現代の小説2019』にも収録した。
以前エキレビにも書いたが、書き下ろしの表題作も含めた全6篇はすべて時間と人の関わりを描くことが主題になっている。「魔術師」はマジシャンがあたかも時間旅行をしてきたとしか思えない奇跡を披露することから始まる話で、合理的な解が示されてミステリーの側にいったんは回収されそうになるのだが、結末で作者はさらに物語を展開させ、読者の胸に消えない余韻を残して幕を下ろす。時間という人間の存在を超えた概念、いかに高度に進んだ文明であろうとも飼いならすことの難しいものの重みを示して見せるのだ。
続く「ひとすじの光」はなんと競馬小説である。なさぬ仲であった主人公の亡父は、なぜかある競走馬の生涯、その系譜を遡って調べていた。小説家として壁に当たっていた主人公は興味を覚え、父の足跡を辿る形でその馬について調べ始める。族譜もまた家族という形で固定化された時間の流れだろう。一つ飛んで「ムジカ・マンダーナ」は、音楽小説だ。ある民族は貨幣ではなく音楽を交換の単位として用いるという。価値を固定するために生み出された道具が貨幣であるのに、音楽という時間の中で保存がきかないものでそれを代用するならば、人間の脳を記憶装置として使用するしかない。こうして産み出された奇妙な体系について主人公は調べるのである。ご覧いただいたように試みとしてどの作品も美しく、こうした作品集が候補になったことは直木賞のためにも誠に喜ばしい。


川越宗一『熱源』


川越も初候補となる作家だ。デビューは松本清張賞で、『熱源』が第二作ということになる。受賞には至らなかったものの山田風太郎賞と大藪春彦賞にもノミネートされた。いわゆる骨太の歴史小説の書き手として、最も注目されている作家と言えるだろう。
『熱源』は帝国主義についての小説である。20世紀の作家はこれに取り組み続けたが、消化し切ることができずに終わった。国際情勢が多様化する中で言及されることも少なくなったが、依然重要な主題として残っている。物語は複線的に始まる。第一章の主人公は樺太アイヌのヤヨマネクフだ。彼は幼少期に生まれ故郷から北海道・対雁に移住するが、それはアイヌ自身の選択ではなく、樺太・千島交換条約が日露間で締結されたためであった。そのヤヨマネクフたちが対雁を捨て、生まれ故郷に帰るところで第一章は終わる。
第二章の視点人物はロシア帝国に併合されたポーランド人のブロニスワフ・ピウスツキだ。彼は要人暗殺事件に巻き込まれ、ほぼ無実であるのにサハリン(樺太)流刑になる。人民のためのナロードニキ運動に傾倒していた彼は、極東の地にも強者に搾取される現地の人々がいることに気づき、その力になろうと決意する。この二人の軌跡が後に交わるのだ。
アイヌ、あるいはポーランドに対する日本やロシアといった帝国主義的支配者の基本姿勢は同化だ。彼らは単一の価値観しか認めず、それに外れた者を劣った存在と見做す。欧米列強からすれば当時の日本もまた劣った存在のはずなのだが、作中に登場する大隈重信はそれを認めた上で、今は弱肉強食の世界なのだから力で勝てばいいのだとうそぶく。そうした、多様化が認められなかった時代を必死に生きた者たちの物語なのである。
終盤で第二次世界大戦の時代に行きつくが、早足に通り過ぎてしまうのが不満といえば不満。植民地の支配者たちが最も醜い姿を晒したのは、まさにそのときだったと思うからだ。


呉勝浩『スワン』


呉勝浩はミステリー登龍門の老舗・江戸川乱歩賞の出身で、2017年に発表した長篇『白い衝動』が第20回大藪春彦賞を受賞したことで作家としては脱皮した。それ以降に発表した作品はいずれも力が漲っており、勝負作といえる『スワン』が初の直木賞候補となったのも納得できる。これは呉の第一期集大成というべき作品だからだ。
呉には事件小説への志向がある。現在進行形で起きている出来事について書くというよりも、すでに起きた出来事について、記憶の扉をこじ開けて知られざる真相を掘り返していくという形式の物語で力を発揮するのだ。『スワン』は、長いプロローグといってもいい事件の章が初めに置かれている。首都圏郊外にある巨大なショッピングモールに、3Dプリンタで量産した拳銃と日本刀で武装した二人組の男が乱入する。二人は無差別殺人を繰り広げ、弾切れ後に自決する。その模様を撮影して同時中継で動画配信していたのだった。
高校生の片岡いずみは、事件のために人生を狂わされる。犯人の一人は最後、スカイラウンジに立て籠もった。いずみはそのとき人質になった一人であり、犯人から次に処刑するのを誰にするか指名するように強制された。被害者の談話からその事実が漏れ、世間から犯人に加担したひとでなしとして糾弾されるようになったのである。
物語は、いずみを含む関係者が集められ、事件についてことを証言するという謎の会合を軸に進んでいく。その中には意図的な嘘が含まれているのだが、証言者の真意がわかると事件の見え方は変わってくるのだ。いずみもまた最初から嘘を吐いている主人公として登場する。彼女が嘘を吐いてまで守ろうとするものは何かということが本書の最大の関心事だ。他罰傾向が強く、ネット上での集団リンチが頻繁に発生する時代ならではの小説であり、その中で生きる人の必死な姿がミステリーという形式を使って十二分に描かれている。


誉田哲也『背中の蜘蛛』


これは紛うことなき作家の勝負作である。誉田はムー伝奇ノベル大賞というかなりマイナーなところで最初の著作を出しているのだが、その後新潮社と幻冬舎が共同で主催していたホラーサスペンス大賞を経由してメジャーな路線に戻ってきた。特に光文社の〈姫川玲子〉シリーズは映像化もされるなど看板作品に成長している。誉田には伝奇ロマンの書き手という特質が備わっており、サーガ向きの作家である。そのため単発作品で注目されることが少なかったのだが、今回の『背中の蜘蛛』は正当な評価を得た。
本書は三部構成の作品である。イメージとしては大文字のYを想像していただきたい。初めに路上で成人男性が殺害されるという事件が描かれる。それ自体は何の変哲もないもので、やがて犯人が逮捕される。だが捜査に当たった本宮夏生には引っ掛かることがあった。決定的な手がかりとなった情報が変則的なルートでもたらされたからだ。話はここで幕切れになり、第二部に入る。こちらの主役は、ある麻薬密売人を追っている植木範和という組織犯罪対策部の刑事だ。彼の事件も意外な形で幕を下ろすのだが、過程にやはりイレギュラーな展開があった。未消化の部分を抱えた二人は第三部で顔を合わせることになる。
第三部では、これと並行してオサムと名乗る男の語りが入る。オサムは社会のはぐれ者で、同じような境遇の幹子・涼太という姉弟と親しくなる。こうしたアウトローの視点を書くのも誉田の得意芸だ。これらの視点を集合した上で書かれる以降の物語が『背中の蜘蛛』の本筋なのだが詳述は避けることにする。ぼんやりと書くならば、凄まじい速度で進化している情報技術やインフラがあり、それに警察機構が追い付いていない現実がある。その齟齬を埋めようとしたときにどうなるかということを想像力豊かに書いた小説である。この第三部は誉田の作品中最も緊密であり、月並になるまいという作者の強い意志を感じた。


湊かなえ『落日』


四度目の候補作である。最初の二回は連作短篇集だったので、実は長篇で候補になるのは前回の『未来』に続いてまだ二度目である。それゆえ『未来』からの成長がどうだったかということがおそらく選考会では問題にされるのではないかと思う。
イヤミスと呼ばれることもあるが(この用語大嫌い)、湊の本質は自分ではどうにもならない時間の流れ、特に人間が過去とどう向き合うかを描くところにあると思う。オムニバス形式の作品が初期に多かったのは、それぞれの過去を抱えた者たちを並べて個々人の歴史を突き合わせることでドラマを生みだそうとしていたからだ。長篇の場合、その技法が過剰に感じられることがあるというのが湊の弱点だったように思う。『未来』という題名が象徴するように、最近の湊はどうにもならない過去を振り切って人が前を見ようとする姿勢を書くことに注力している。『落日』は題名こそ暗く見えるが、実はそうした物語である。
映画監督の長谷部香は、幼少期に住んでいたアパートで、名も知らない隣家の子供と交流があった。引き籠りの男が妹を含む一家を殺すという事件が15年前に起きたが、香はその被害者が懐かしい隣家の子だと考え、そのころ同じ町内に住んでいた新米脚本家の甲斐千尋に調査を依頼する。最終的には映画化を考えていると聞かされた千尋は、自らの手で脚本を書きたいと考え、この調査を引き受けるのである。
思い込みが覆されていく展開で、真相を各自がどのように直視するかが小説の主題となる。各章の合間に視点の違う断章が挿入されていく構成など過去作品とも共通点が多いが、視点人物がかつて湊の目指していた脚本家に設定されている点などは、湊が自分自身を投影しているようにも見える。作品中盤で千尋はそれまでの自分を一旦否定し、新たな挑戦を始めるのだが、小説として重要なのは以降なので、やや前半が冗長に感じるのは残念だ。

思い切りのよさが勝負を決する


こうして並べてみると、最もベテランなのが湊かなえの『落日』である。よい作品だとは思うのだが、過去作の延長線上にあるものという印象はぬぐえない。たとえば誉田が『背中の蜘蛛』でまったく違った路線に挑戦したのに比べると、新鮮さという意味では割を食うのではないか。
そういう意味で最も冒険をしたのは呉『スワン』であるが、構成の都合上、中盤までは書き割り的な人物たちの対話が続く点が少し気になる。終盤に至って主人公の闘いの本質が判明した時点で一気に舞台が陽転する小説なので、選考委員がそこまで我慢して読んでくれるか。ミステリーなので、仕込みの部分は目をつぶっていただきたいのだけど、そういうのを許さない委員もいるはずだ。
『背中の蜘蛛』は、第一、二部で荒っぽい感じ、たとえば会話が饒舌すぎて緊密さを欠く点などが出てしまっていることが問題で、第三部に入ってそれは修正されるのだが、心証を損ねる気がする。もうひとつ単純に、ここに描かれた技術的な背景に選考委員はついていけないのではないか。
粒ぞろいという点では『嘘と正典』以外にはありえないが、何しろ「SFは直木賞を獲れない」というジンクスがあって、本命をつけがたい。となれば近代史の暗黒部を当事者の立場から描いた『熱源』が総合的な評価を集めることだろう。上に書いたような不満はあるのだが、『熱源』を本命◎、『スワン』を対抗〇と考える。大穴▲は『嘘と正典』で。もし『嘘と正典』が受賞と決まったら、不明を恥じるためにその瞬間、新喜楽の方角に土下座する覚悟である。
(杉江松恋)

芥川賞予想編