2020年7月9日から7月18日の間、沖ノ鳥島北北西約310Kmの海域で中国の海洋調査船「太陽号」が、日本に無断で海洋調査を実施した。海上保安庁は直ちに、退去要求し、政府も外交ルートを通じ中国側に抗議している。一方、中国外務省は、「沖ノ鳥島は島ではない」と述べ、「中国の海洋調査に日本の同意は必要ない」と反論している。



まず、沖ノ鳥島の現状について概観してみよう。沖ノ鳥島は東京から約1,740Km南南西に位置する日本最南端の絶海の孤島である。島の大きさは、南北約1.7Km、東西約4.5Km周囲約11Kmのサンゴ礁の島である。干潮時には環礁の大部分が海面上に姿を現すが、満潮時には東小島が6cm、北小島が16cm僅かに露出するだけの状態である。沖ノ鳥島は過去100年間に1cm地盤沈下した。北緯20度という熱帯地方に位置するため台風の通り道でもあり、強烈な風雨に晒され、常に浸食の危険に瀕していると言っていい状態だ。そのため、二つの島の周辺には消波ブロックが設置され、何とか浸食を防止しようとする方策が講じられている。さらに、地球温暖化による海面上昇の問題が指摘されており、周辺でのサンゴ礁育成による地盤上昇策などの対策が考案中である。



ここで、島の沿革を振り返ろう。1543年スペイン船が発見し、「アブレオホス」と命名した。その後、スペイン船、オランダ船が発見、1789年イギリスのウィリアム・ダグラスが発見、「ダグラス礁」と命名している。1922年、日本の海防艦「満州」が測量を行っており、日本として最初に施政権が行使された。1931年に内務省告示第163号で「沖ノ鳥島」と命名され、東京府小笠原支庁に編入している。1977年には領海法が施行され、魚業水域に関する暫定措置により領海24海里、漁業水域200海里を設定した。



他方、2004年に中国が「沖ノ鳥島は岩である」と主張し、無断で海洋調査を実施した。2008年、日本は沖ノ鳥島周辺を含む7海域について国連事務局を通じ大陸棚限界委員会に大陸棚延長の申請を付託した。中国と韓国は翌2009年2月、沖ノ鳥島は岩であり、審査を行わないよう大陸棚限界委員会に口上書を提出、同年6月に第9回国連海洋法条約締約国会合において、口頭で同様の主張を行っている。2012年4月、大陸棚限界委員会は、日本が要望していた7海域のうち四国海盆海域をはじめ4海域の大陸棚の延長を認め、九州パラオ海嶺南部海域はじめ3海域についての審査を保留する旨の審査結果を勧告している。国連で法的拘束力のある最終結論を得たことは、我が国にとって排他的経済水域、大陸棚設定に関する主張が認められた大きな成果であったと言えよう。



2016年7月、南シナ海における中国とフィリピンの領有権に関わる常設仲裁裁判所の仲裁判決が下された際の岸田外務大臣の記者会見では、「沖ノ鳥島は、国連海洋法条約上の島である。我が国は1931年、内務省の告示以来、現在に至るまで、沖ノ鳥島を島として有効に支配している。このような権限及び同島の島としての地位、これは既に確立したものである」と公式見解を表明している。



中国は海洋強国を目指した国家目標を追求するため、海洋進出能力を増強し、「中国の防衛構想である、第1列島線と第2列島線の中間に位置する沖ノ鳥島を自分の勢力下においておきたい」という自己中心的欲求の表れを具現化するための主張を繰り返している。中国は国際法を自らの利益に合致するように解釈する法律戦、その解釈を国連や国際社会に声高に発信する輿論戦、そして我が国の警告を無視し、不法行動の既成事実化を図ったり、時に脅迫めいた声明の発表による心理戦、いわゆる三戦を展開している。



それに対して我が国は、違法行為のたびに「遺憾である」というお決まりのフレーズだけではなく、日本の立場や中国の違法性を諸外国に向けて広く、強く発信するため、米国をはじめとするインド、オーストラリア、ASEAN諸国、さらには、カナダ、イギリスも含めた西側自由主義陣営で、「自由で開かれたインド・太平洋構想」に基づいて、しっかり包囲網を構築する必要もあろう。