東京五輪の聖火が日本入りした二十日、宮城県東松島市で行われた到着式に臨んだ関係者は「復興五輪」を掲げる世界的イベントの幕開けを実感した。新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される中、宮城県石巻市で始まった「復興の火」の展示には大勢の来場者が列を作り、福島県からスタートする聖火リレーへの期待感を高めた。東日本大震災の被災地に初めてともされた聖火を追った。(本社社会部・小宅 祐貴)

 到着式が行われた航空自衛隊松島基地に、福島市出身の作曲家古関裕而さんの作った「オリンピック・マーチ」が響き渡った。五十六年前の一九六四(昭和三十九)年東京五輪の開会式で流された曲に、出席者は心を躍らせた。

 五輪三連覇を達成した柔道男子の野村忠宏さんとレスリング女子の吉田沙保里さんが、特別輸送機から聖火のともったランタンを受け取ると、大歓声が巻き起こった。

 新型コロナウイルス感染拡大を受け、マスクを着用した出席者が目立った。一般公開は取りやめになったが、会場の外には大勢の市民らが集まり、関心の高さをうかがわせた。

 松島基地所属のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が上空に描く五輪マークに視線が注がれた。東松島市に暴風警報が出されるほどの強風ので、五機がスモークで描いた弧は、すぐにかき消されてしまった。しかし、直後に隊列が青空に五色の直線を引くと拍手に包まれた。

 ブルーインパルスは、九年前の津波で九機のうち一機が水没した。松島基地も甚大な被害を受け、復旧には約五年を要した。

 幼い時から何度も基地を訪れていた宮城県利府町の介護職員南英昭さん(60)は、大空を舞う機体を震災後初めて見つめ、「被災地の誇り。一生忘れられない一日になった」と涙を浮かべた。

 聖火は「復興の火」として被災地の住民を勇気づけようと、福島県を含む被災三県を巡る。初日に展示された石巻市南浜地区は、津波と火災で約四百人が犠牲になった。聖火が飾られた石巻南浜津波復興祈念公園の周囲は今でも復旧工事が進み、工事車両や通行止めの道路が目立った。

 仙台市の会社員高橋俊治さん(51)は「被災地がさらに元気づく祭典になってほしい」と希望を明かした。宮城県名取市の会社員荻野悦男さん(58)は「五輪をきっかけに復興が加速してくれれば」と願った。被災者は心に深く刻まれる大会になることを期待している。