安倍首相が具体的な検討作業に入ることを表明した「9月入学」の学校制度。

日本では戦後、9月入学について度々検討が行われてきた。中でも中曽根康弘元首相が主導した臨時教育審議会(以下、臨教審)がまとめた調査研究は、1986年に発表されたものであるが、今にも通じるものとなっている。

「臨教審で行われた議論を知ってほしい」

「知事会から唐突に出てきましたが、都道府県・市町村の教育長や教育委員会の意見を集約されているのか。どうも知事会だけが前のめりになり過ぎているのかなと」

5月1日、自民党本部で行われた教育再生実行本部の会議後、馳浩元文科相は9月入学実現を訴えた一部知事に対して不快感を隠さなかった。

馳浩元文科相

そして、この会見で馳氏が言及したのが、臨教審で行われた9月入学の議論だ。

臨教審とは、1984年に中曽根元首相のもと、教育改革に取り組むために設置された諮問機関だ。当時は受験競争の過熱化が社会問題となり、校内暴力やいじめなど学校が荒れていた。臨教審では教育改革に向けた様々な議論が行われたが、その中で取り上げられたのが「秋期入学」だった。

馳氏は「ぜひ臨教審で行われた議論を知ってほしい」と強調した。今から30年以上前に行われた議論の場で一体何が語られていたのか、あらためて振り返ってみる。

4月入学への移行には30年以上かかった

臨教審の中に作られた9月入学を検討する組織が「秋期入学研究会」だった。

その研究内容は、1986年12月に発行された約200ページに及ぶ冊子「秋期入学に関する研究調査」にまとめられている。この冊子の中には、9月入学が児童生徒や学校の教育計画へ与える影響が明記されているだけでなく、移行に伴う費用試算や移行方法のシミュレーションも行われている。

臨教審は9月入学のシミュレーションを行った

いくつかのポイントを駆け足で紹介する。

この冊子の第1章では、「我が国の入学時期の変遷」として、その変遷の過程が紹介されている。

明治当初、小学校教育は随時入学だったが、明治19年(1886年)に会計年度が4月に改正されると、4月入学が奨励されることとなった。当時、大学は9月入学だったが、その後、明治34年(1901年)に中学校が、大正8年(1919年)に高等学校が、大正10年(1921年)に大学も4月に移行することになった。当時は入学時期の移行に、30年以上を費やしたことになる。

夏の入試は天候・健康問題の解消に

第3章以降では、児童生徒や学校教育計画への影響が書かれている。

教育計画については、「夏休みが学年終わりになると、学校の指導が少なくなり、塾への依存度が高まることが予想される。75%の中学校長は、非行が増大すると考える」とある。

前述したように、臨教審が議論した当時は学校が荒れていた頃であり、こうした懸念は制度改革において最優先課題だったのだろう。

また、入試については「夏休みに入試を実施すれば、天候・健康上の問題(例えば雪や風邪、インフルエンザの流行など)が解消され、ゆとりをもって進学しやすくなる」とポジティブに受け止める一方、「酷暑などの健康上の問題や夏休みに行われている各種の体育行事、教員研修等との関連について検討が必要」としている。

入試に関して、臨教審は両論併記としたものの、9月入学のメリットのほうが大きそうだ。

入試の夏期実施にはメリットも海外留学や留学生受け入れを円滑にする

また、第8章「国際交流上(※今で言うグローバルスタンダード)の利点と問題点」を見ると、「201カ国中135カ国(67.2%)が8〜10月入学の国で、日本への留学生の54.8%が8〜10月の国から。日本人の留学先の89.9%が、8〜10月の国」だとして、9月入学は海外留学や留学生・帰国子女の受け入れの円滑化に貢献すると評価している。

一方で、「留学のための語学研修を行うためには半年ほどズレていた方がいい」という意見や、そもそも「制度を変更しなくても留学生や帰国子女は弾力的に受け入れることが可能」という見方も紹介している。

しかし「国際交流上」は、9月入学のメリットが大きいと評価していると受け取れる。

学生の就職については、「民間企業の意見では、学校が秋期入学になれば企業もそれに合わせて採用を行うことになり、特に問題はない」としている。

ただし数年前、東大が秋入学に移行しようとした際には、企業の採用時期が大きな壁となった。今回、経済界は9月入学に賛成のようだが、果たして通年採用も含めた採用の見直しを行うのかまでは不透明だ。

「学年分断」をシミュレーションした臨教審

では、子どもたちにとっても保護者にとっても最も気になる、「学年分断」についてはどうであろう。第10章の「移行方法」の中で、臨教審は2つの方式でシミュレーションを行っている。

基本的にどの方式であっても、既に学校に通っている児童生徒には「学年分断」は起こらない。つまり現行の学年構成のまま進学する。「学年分断」が起こるのは、制度移行時に小学校に入学してくる児童である。

方式は「学年進行による移行」と「一斉移行」があるが、ここでは実現性が高い(文科省関係者談)「学年進行による移行」のみを取り上げる。

「学年進行による移行」では、4つシミュレーションが行われている。

(1) 1.5倍入学繰り下げ
移行年の9月に次年度の4〜8月生の児童を半年繰り下げて入学させ、翌年からは、9〜8月生の児童を入学させる方式。1.5倍を受け入れた年の児童の卒業までの間、財政負担増が生じる。

これを2021年から9月入学にした場合にあてはめると、2020年の年長児全員と年中児の4〜8月生まれが、2021年9月に一緒に小学1年生となる(この学年だけ1.5倍の人数になる)。

(2) 1.5倍入学繰り上げ
半年繰り上げて次年度の4〜8月生の児童を、移行する前年の4月に入学させて、移行年の9月に9〜8月生の児童を入学させる。これは前年の4月入学で行うもので、2021年からの9月入学には既に間に合わない。

(3) 漸次入学
上記2つの財政負担増を緩和するため、移行年の9月に次年度の入学予定者+1ヶ月分の13ヶ月分の児童を受入れ、それを6年続けることで、9〜8月生に移行する。

(4) 半年待機
移行年の新入生を4月に入学させず9月に入学させる。一部に7歳の就学年になるなど、諸外国の義務教育早期化に照らして問題だと指摘されている。

ちなみに9月入学への移行経費(小学校〜大学)を臨教審では、半年繰り下げ(上げ)方式の場合は1兆8049億円(完成まで小学校で6年間)、漸次受入れ方式の場合は1兆6439億円(完成まで小学校で5年間)、半年待機方式は3486億円、期間短縮方式はゼロと試算している。

9月入学には社会全体の理解が必要

臨教審が議論を尽くしたものの、当時の日本は9月入学にほとんど理解を示すことはなかった。その後も中教審や安倍政権下の教育再生実行会議など、様々な場で議論されてきたが、これまで実現されずに今に至っている。

萩生田光一文科相は5月8日の閣議後会見で、9月入学について「国際化になるのでいいとおっしゃる方もいますが、それは次の段階の話」とした上で、次のように語った。

「仮にそれでいこうとなった場合、後ろにずれた9月入学、9月始業だと国際スタンダードより数ヵ月遅れた学びになってしまうので、将来的には段階を追って、もし可能でしたらズラしていくということも考えないといけない。そういう意味ではすごく大きなテーマだと思っている」

萩生田文科相

入学時期の移行は、子どもや保護者、学校・教育関係者にとって大きな負荷となる。さらに言えば社会の制度を変えるものであり、まさに社会全体のコンセンサスを丁寧に作り上げる必要がある。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】