中国人もビックリ!の“自走式”AIスーツケース

「それ、どうなってるの?!」

「いくらで買えるの?」。

北京支局近くの公園で撮影をしていると、地元のおじちゃん、おばちゃんたちが興味津々で集まってきた。リポート中、こんなに一斉にスマホを向けられるのは初めてかもしれない。注目を集めるのも無理ないか。速足で歩く記者の後ろを、スーツケースがゴロゴロと、ひとりでに走ってついていくんだから…。

AIスーツケースに北京市民も興味津々

試していたのは、中国企業が開発した「AIスーツケース」だ。無線通信機能のある腕時計型の装置をつけてさえいれば、もう一生懸命荷物を引きずる必要なし。5個のカメラとAIチップを備えたスーツケースが、周りの柱や壁、歩いてくる人までを見分けて、ぶつからないよう自在に曲がりながら追いかけてくれる。

一回の充電での走行距離は最大20キロで、飛行機に乗るとき預け荷物にできるよう、バッテリーは取り外し式と、なかなか考えられた商品だ。1時間ほどの撮影中、車輪が石畳に引っかかったり、認識できなかった段差にぶつかったりする場面もあったが、空港などの広々とした場所を中心に使うなら、まずまず実用レベルと言えそうだ。

内部にバッテリーやモーターが(提供:フォワードX)

ちなみに価格は、大手通販サイト「京東」の期間限定セールで3599元(約5万5千円)。おばちゃんは「ちょっと高すぎるわねえ」と残念そうな顔をしていた。

有力ベンチャー企業続々“中国のシリコンバレー”

「出張はとても忙しいから、左手で電話を持って、右手でコーヒーを飲めれば便利ですよね」。開発元の北京のベンチャー企業「フォワードX」(霊動科技)を訪ねると、アメリカの大手コンサル会社出身という関雅昕COO(最高執行責任者)が笑顔で迎えてくれた。

「フォワードX」関雅昕COO

この会社、これまでには倉庫の中で荷物を運ぶ「物流ロボ」を手掛け、そこで培った画像認識のAI技術をスーツケースに応用したというから、勢いに任せて「アイデア勝負」に走ったという感じでもなさそうだ。創業3年で、社員の平均年齢は29歳。派手ではないが活気のあるオフィスだ。

このオフィスがある北京市海淀区の中関村という地区、別名は「中国のシリコンバレー」。北京大学や清華大学といったエリート校が集中し、動画共有アプリTikTokを運営するバイトダンス(字節跳動)や、配車サービス大手のDiDi(滴滴出行)など、有力なハイテク企業を次々輩出している注目エリアだ。関COOによると、この地区で働くエンジニアには優先的に北京市の戸籍が割り当てられるなど、政府のバックアップは手厚い。都市部の戸籍は、当地で住宅や車を購入するのに必要となるのだが、地方からの出稼ぎ、進学などで「無戸籍」となっている人が取得しようとすると、学歴や居住年数、社会貢献の度合いなどが厳しく審査される。これがあまりに狭き門で、せっかく就職しても定住をあきらめ地方に転出する若者も多いことから、人材確保の上でこの優遇の効果は絶大だろう。

まさに国策としてのベンチャー支援が実を結び、若者たちの起業意欲は引き続き旺盛だという。しかし…

20代のエンジニアが多い「フォワードX」のオフィス

貿易戦争から“ハイテク戦争”へ 中国企業を襲う米中対立

フォワードXのAIスーツケースは中国とアメリカで販売されているが、2019年5月、この「スーツケース」のカテゴリーが突如、トランプ政権による制裁関税の対象になった。一気に関税が25%アップするという緊急事態に見舞われ、現在では中国国内での販売に力を入れる一方で、日本やヨーロッパへの進出を急いでいるという。

この米中貿易戦争。両政府は1月15日、ワシントンで貿易交渉の第一段階の合意文書に署名。中国が2年間で2000億ドル相当のアメリカ製品の購入を約束し、アメリカは2月にも制裁関税の一部を引き下げることになった。ただ中国側が望んだ追加関税の完全撤廃からは程遠く、今後の「第二段階」の交渉でも紆余曲折がありそうだ。

そして関税合戦が落ち着いたとしても続くとみられるのが、まさにAIをはじめとするハイテク分野での米中の覇権争いだ。トランプ政権は、5Gの通信技術を持つファーウェイの排除に続いて、2019年10月、監視カメラ大手「ハイクビジョン」など画像・音声認識のAI技術で知られる中国企業8社を禁輸措置の対象とした。表向きはこれらの技術が少数民族の人権侵害に使われていることを理由とするが、真の狙いは「中国のAIつぶし」だとの指摘も多い。

米中対立はチャンス?“無名”のユニコーン企業

アメリカの調査会社CBインサイツによると、「ユニコーン」と呼ばれる企業価値10億ドル以上の非上場ベンチャー企業は中国で101社まで増え、214社のアメリカを猛追している(1月6日現在)。ちなみに日本のユニコーンはわずか3社。気が遠くなるようなハイテク覇権争いの世界だ。

そんな中国ユニコーン企業からは、米中の対立はどう見えているのか。私たちは中関村のユニコーンの一つを取材することができた。古い工場を改装したお洒落な「ベンチャー団地」の一角にオフィスを構える「ユニサウンド」(雲知声)。ロビーには「中国独角獣(ユニコーン)」の仲間入りを記念するトロフィーや認定証が誇らしげに飾られていた。

評価額10億ドルのユニコーン企業「ユニサウンド」

ユニサウンドは、音声認識のAIに強みを持つ会社だ。「我是日本的記者」。私がマイクに向けてたどたどしく中国語を吹き込むと、すぐさま画面に英語訳の「I’m a reporter from Japan(私は日本の記者です)」という文字が映し出された。もちろん、こんな短文だけでなく、中国人担当者が早口で読み上げる文章も一瞬で認識・翻訳可能だ。

「私たちの技術とアルゴリズムはすべて自分たちで開発しています」。黄偉CEOは胸を張る。グーグルやマイクロソフトなどIT大手各社が手掛ける音声入力や自動翻訳の技術は、もはや目新しいものではない。とは言え、このユニサウンドは中国国内でも決して有名とは言えないベンチャーなのだから、中国のシリコンバレー、恐るべし。さっそく米中の貿易戦争、そしてハイテク戦争について聞いてみた。

強気の「ユニサウンド」黄偉CEO 

「アメリカの技術には依存していませんし、ビジネスの面で貿易戦争の影響は全く感じていません。率直に言うとデメリットよりメリットのほうが大きいかもしれません」。強気な言葉の理由は、本格的な海外進出はこれからで、いまは中国国内でのサービスに注力中だからだ。

「ハイ、パンドラ、電気をつけて」「テレビのチャンネルを変えて」―パンドラというのは、ユニサウンドが「スマートホテル」用に中国国内で販売しているシステムの愛称だ。「OKグーグル」や、アマゾンエコーの「アレクサ」にそっくりな呼びかけだが、それに気づく中国の消費者はほとんどいないだろう。というのも、アメリカの巨大IT企業群GAFA(注・Google, Amazon, Facebook, Apple)はアップルを除き、人口13億人の中国市場からはほぼ締め出された存在だからだ。それに加えて「中国語の音声認識」というサービスは地域性が極めて強いから、技術の水準と市場シェアを高めるうえで、米中の対立はむしろ好都合というのも納得だ。

スマートホテル用システム「パンドラ」

「世界は全部アメリカじゃない」日本はどうする?

黄CEOは海外進出の第一弾として、東南アジアの市場を見据えているという。「確かに米中貿易戦争の背後にはハイテク戦争があります。しかし、中国企業には解決できる能力があると信じています。世界が全部アメリカに属しているわけではありませんからね」。

「中国のシリコンバレー」にとって、「本家」シリコンバレーのアメリカは、もはや仰ぎ見る存在ではなさそうだ。今後さらに激化するだろう米中ハイテク戦争の狭間で、ファーウェイの通信機器のように、日本が難しい判断を迫られる場面も増えていくかもしれない。

【執筆:FNN北京支局 岩佐 雄人】

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