2000年にペルージャからローマに移籍し、リーグ優勝に貢献する活躍

 3度のセリエA制覇を含む、数多くのタイトルを獲得してきたイタリアの名門ローマ。イタリアのサッカー情報サイト「トゥットメルカートウェブ・コム」は「ローマの偉大な交渉」として2000-01年シーズンに言及し、元日本代表MF中田英寿氏の活躍を紹介している。

 ベルマーレ平塚でプロデビューを果たして以降、代表を含めて一気に存在感を増した中田氏は、98年のフランス・ワールドカップ(W杯)でのプレーを評価されて同年にセリエAのペルージャへと移籍。98-99シーズンの開幕戦でビッグネーム揃いの強豪ユベントスから2ゴールを奪う衝撃的なデビューを飾ると、そこから年間10ゴールを奪う活躍を見せてイタリアで確固たる評価を得ることとなった。

 そして迎えた2000年、名将ファビオ・カペッロ監督率いるローマが中田氏を獲得するに至った。ただ、「トゥットメルカートウェブ・コム」が「交渉は多くの疑問を引き起こした」と記すように、アジアブランドの獲得と見るファンも多く、当初は中田氏の獲得に対する不信感は強かったとされる。

 さらにチームとして問題だったのが“ポジション”だ。ローマにはチームの象徴的存在と言える元イタリア代表MFフランチェスコ・トッティ氏がトップ下に君臨しており、同ポジションの中田氏とポジションが被ってしまう難しさがあった。また、EU圏外選手が最大3人というイタリアのルールも存在し、中田氏は徐々に出番を減らすことになっていく。

 しかし01年5月4日、イタリアサッカー連盟がEU圏外選手のルールを変更。同メディアはこの変更により、「全てが変わった」と綴っている。その2日後に迎えたユベントスとの首位決戦、中田氏はベンチ入り。0-2で迎えた後半に投入されると、自身のボール奪取から強烈なミドルシュートを沈めて1点差に。また、後半アディショナルタイムにも強烈なミドルを放ち、GKが弾いたボールを元イタリア代表FWヴィンチェンツォ・モンテッラ氏が押し込んで同点弾につなげた。この引き分けによって首位を堅持したローマは、そのまま3度目のスクデットを勝ち取ることになった。

 中田氏の獲得があったからこそ成し遂げられた、スクデット獲得。その記憶は今もなお多くのサッカーファンの心に残っている。

Football ZONE web編集部