川崎と名古屋で指揮を執った名将が受けた衝撃「技術が正確で速さが桁違い」

 風間八宏氏は2012〜16年に川崎フロンターレ、17〜19年に名古屋グランパスで指揮を執り、魅惑の攻撃的なサッカーを浸透させてきた名将だ。今年4月にインスタグラムを開設し、「20秒ボールタッチチャレンジ」「ヒールキックチャレンジ」など自宅でできる“基礎トレ”を発信してきたなか、“サッカー界の革命児”との秘蔵2ショットを公開した。

 風間氏は清水市立商業高に在学中の1979年、ワールドユース(現U-20ワールドカップ)の日本代表メンバーに選出。その後、筑波大に進学し、卒業後は1989年までドイツでプレーした。同年に帰国すると、日本サッカーリーグ2部のマツダSC(サンフレッチェ広島の前身)に入部。Jリーグ発足に伴い、広島の一員として新たなスタートを切り、チーム第一号のゴールを決めるなど95年までプレー。翌年再びドイツに渡り、現役を引退している。

 風間氏が5日、インスタグラムに一枚のモノクロ写真をアップした。ジャケットにネクタイと、“正装姿”の若き日の風間氏ががっちりと握手を交わすのは、14歳年上の元オランダ代表FWヨハン・クライフ氏だ。

 クライフ氏といえば、現役時代に「トータルフットボール」の具現者となったスーパースターだ。アヤックスやバルセロナなどで活躍し、バロンドール(欧州最優秀選手賞)を3度受賞。オランダ代表の旗手としてチームを牽引し、1974年の西ドイツ・ワールドカップ(W杯)決勝では開催国に1-2と敗れるも、全員攻撃・全員守備のトータルフットボールで世界に衝撃を与えた。指導者に転身後もアヤックスやバルセロナで数々の栄冠を勝ち取ったクライフ氏は、2016年3月24日に68歳で亡くなったものの、その功績は計り知れない。

 風間氏も、サッカーの概念が変わるほどの衝撃を受けたとクライフ氏の印象を振り返っている。

「技術が正確で速さが桁違い。体は当てなくてもいいと教えてくれた天才。大きく発想を変えさせてもらった偉大なるプレーヤーです」

 公称ではクライフ氏は風間氏より身長が3cm高いだけで、ほぼ同じ体格。サッカーはパワーやフィジカルだけではないという考えは、風間氏のスタイルに大きな影響を与えたようだ。

Football ZONE web編集部