優勝に近づいた2001年のユベントス戦から19年、中田が2ゴールに絡む活躍

 2001年5月6日は、そのシーズンにおけるイタリア・セリエAの大一番ユベントス対ローマの一戦があった日だった。それから19年が経ち、イタリア紙「イル・ファット・クオティディアーノ」は、その試合で活躍した元日本代表MF中田英寿について当時のエースだった元イタリア代表FWフランチェスコ・トッティとの関係性も交えて振り返っている。

 このシーズン、中田はローマでの2年目を迎えたが、外国人枠の関係もありベンチ入りできない試合も多くあった。それがシーズン途中でルールが変更になり、大一番のユベントス戦でベンチ入り。そして0-2のビハインドを背負ったなか、トッティとの交代で出場した中田は鮮やかなミドルシュートを叩き込む。さらに試合終了間際にも、中田の強烈ミドルのこぼれ球から同点ゴールが生まれた。これが優勝へのターニングポイントになっただけに、現地イタリアでは今でも語り草になっている。

 一方で、記事ではその試合後に中田がコメントした内容を引用しつつ、当時のローマでは苦しんだ面があったことを指摘した。

「中田は試合後に『シンプルなプレーが好きだし、接触を最小限にして早いパス交換で攻めたい。ただ、ローマでそれを目指すのはあまり意味がない。このチームはドリブルにフォーカスされるし、自分の好きなスタイルではない』と話した。彼がこのように誤解を招く言葉を残すのは珍しい。彼はリザーブに置くのはもったいないタレントだったが、トッティをどかすほどでもなかった。こうやって、彼は二元論の中に閉じ込められていた」

 元より、その前シーズンの冬の移籍市場でペルージャからローマに中田が移籍するという話になった時、ペルージャで気鋭のトップ下として活躍していた中田がトッティとどう共存するのかが話題になった。トッティにとって刺激的過ぎた移籍話は、テレビカメラの前で「中田が来るならオレはACミランに行く」という感情的な言葉すら出させたと、同メディアは綴っている。

トッティとの共存を目指すも…難しい扱いを受け優勝を置き土産にパルマへ移籍

 結局、「当時ローマを率いたファビオ・カペッロ監督が中田と会食した場で、パンをちぎってシステムの形に並べ、君のプレーする場所はここだとセントラルMFの位置を示した」とレポートされた有名な逸話もあり、トッティとの共存が模索された。一方で、その1年半の間はどうしても難しい関係であることがメディアにも強調された。

 中田はこのゴールとスクデット(リーグ優勝)を置き土産にするかのようにして、翌シーズンはパルマに移籍した。当時のローマにおいて「過剰な力を持つトッティの控え」という難しい扱いを受けた中田だが、5月6日のユベントス戦がイタリアに大きな足跡を残す1試合になったのは間違いないだろう。

Football ZONE web編集部