同じFWとしてロナウドから刺激「より早く、より強くなるための練習を始めた」

 現役時代にイタリア王者ユベントスで長年活躍したファンタジスタ、元イタリア代表FWアレッサンドロ・デル・ピエロ氏がインスタグラムで、1990年代後半から2000年代初頭にインテルのエースとしてプレーした元ブラジル代表FWロナウド氏について語っている。そして、当時に大きな話題をさらった疑惑の判定にも触れた。

 1990年代後半はセリエAの黄金期だったと言える。世界最強リーグという名にふさわしい名手たちが集まり、デル・ピエロ氏も「イタリアサッカーで最高の瞬間を生み出した。誰もがイタリアでプレーしたがった素晴らしい時期だった」と振り返る。そのなかでも異彩を放ったのが、バルセロナからインテルに移籍してきたロナウド氏だった。

 ユベントスでエース級の地位を確立しつつあったデル・ピエロ氏も、ロナウド氏のイタリア上陸には大きな意味があったと話す。

「特別な刺激とモチベーションを受けた。彼は新しい世界を見せてくれたね。スピード、テクニック、創造性、冷静さといったストライカーに求められるすべてのものがそこにあった。ロナウドの次元にたどり着きたくて、より速く、より強くなるためのトレーニングを始めたんだ」

 今でも話題になるのが、1998年のユベントス対インテルの一戦だ。優勝争いの大一番だった試合、ロナウド氏がユベントスのDFマルク・ユリアーノにペナルティーエリア内で倒された場面だった。ドリブル突破にかかるロナウドはユリアーノの背後にボールを運んだが、ユリアーノはロナウドの体に向かってクロスチョップをするように突進して倒した。

 しかし、ここで当時のピエロ・チェッカリーニ主審はノーファウルとしてユベントスがカウンター。そして、デル・ピエロ氏が倒されてPKのジャッジになった。当然インテルは猛抗議し、“世紀のミスジャッジ”とも言われた。

 デル・ピエロ氏は「ちょっとおかしな状況だった」と振り返ったが、このPKはデル・ピエロが失敗しているだけに「自分の仕事をしようとした。だけど、ゴールできなかったね。あまり特定のエピソードがシーズンを汚すのは好きじゃない」と、結果的に1-0で勝利してリーグ優勝につながった試合については微妙な感情があるようだ。

 当時のユベントスとインテルは完全にリーグの2強であり、デル・ピエロ氏とロナウド氏も絶対的な両エースだった。セリエA全盛の時代に頂点を競った思い出は、大きなものになっているようだ。

Football ZONE web編集部