いわきFCが示した異質の「フィジカル」。7部相当のクラブ、固定観念に抗う挑戦

いわきFCが示した異質の「フィジカル」。7部相当のクラブ、固定観念に抗う挑戦

「本当に強かった。今後を応援したくなりました」(鄭大世)

 第97回天皇杯全日本サッカー選手権大会で衝撃を与えた、いわきFC(福島県代表)の快進撃が止まった。IAIスタジアム日本平で行われた12日の3回戦で清水エスパルス(J1)に0-2で屈し、北海道コンサドーレ札幌(J1)を撃破した2回戦に続くジャイアントキリングを逃した。もっとも、クラブが掲げるコンセプト「日本サッカー界のフィジカルスタンダードを変える」を随所で披露。7部に相当する福島県社会人リーグ1部で異彩を放つハードワーク軍団の挑戦は、まだ序章を終えたにすぎない。(取材・文:藤江直人)

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 勝者の言葉には聞こえなかった。2-0の完封劇でベスト16進出を決めた直後の取材エリア。先発フル出場した清水エスパルスのキャプテン、FW鄭大世はいわきFCを称えずにはいられなかった。

「敵ながらあっぱれでしょう。いい時間帯にああいう形で点を取れなかったら、正直、どうなっていたか。いやぁ、いいサッカーでした。本当に強かった。今後を応援したくなりました」

 キックオフからわずか48秒で試合は動いた。左サイドからDF二見宏志が投じたロングスローを、187センチの長身FW長谷川悠がバックヘッドを一閃。反対側のゴールネットへ流し込んで先制した。

 2回戦でJ1の北海道コンサドーレ札幌を、延長戦に末に5-2で撃破。痛快無比なジャイアントキリングを達成し、全国区の注目度を集めたアマチュアクラブの雄もさすがに浮き足立ったのか。

 3分に長谷川、5分に鄭大世、9分にはMFミッチェル・デュークに制空権を握られ、決定的なシュートを放たれる。しかし、高さで劣勢に立たされる展開は織り込み済みだったと田村雄三監督は振り返る。

「こればかりは仕方ないと試合前から選手たちには話していましたし、だからと言って引いて守ってカウンターやセットプレーで点を取っても何も残らない。何点取られても自分たちのサッカーをやろうと」

 いわきFCが目指すサッカーとは、鍛え抜かれたフィジカルの強さを生かしながら、ボールを前へ、前へとしっかりつないでいくスタイル。そして、時間の経過とともに選手たちは落ち着きを取り戻す。

ボールを力強く前へ運ぶ推進力。気がつけば互角の展開に

 迎えた前半18分。縦パスをFW吉田知樹がフリックし、左側をフォローしていたFW平岡将豪がペナルティーエリア前へ抜け出す。しかし、左側からDF鎌田翔雅が猛然と間合いを詰めてくる。

「左側から相手が来ていることはわかっていたので。上手く体で押さえながら、自分で運べるのならばそのまま打ったし、最悪、前をふさがれたら横パスというふたつの選択肢をもっていたので」

 冷静に状況を見極められたのも、体をぶつけられてもバランスを崩さない自信があったからだ。鎌田に続いてDF角田誠も視界に入ったため、平岡は右側をフォローしてきたFW菊池将太へパスを通す。

 虚を突かれたのか。菊池へのマークは間に合わない。右足から放たれたシュートはしかし、ハリルジャパンにも選出された実績をもつGK六反勇治が横っ飛びしながら、必死に伸ばした右手に防がれる。

 しかし、いわきFCの攻撃はこれだけで終わらない。左タッチライン際を駆けあがっていた左ワイドの植田裕史が、さらにスピードアップ。猛然とこぼれ球に詰めるも、シュートは再び六反に弾き返された。

 9分後には再びいわきFCがチャンスをつかむ。左タッチライン際でこぼれ球を追った菊池と、186センチ、83キロのDFカヌが激しく体をぶつけ合う。軍配はひと回り小さな菊池にあがった。

 菊池をフォローして攻めあがってきたDF古山瑛翔のアーリークロスに、今度は右ワイド・金大生が相手ゴール前にまで駆けあがってヘディングを見舞う。シュートは惜しくも右ポストをかすめた。

 体をぶつけられても崩れない体幹の強さ。チャンスの匂いをかぎ取るや、「3-4-3」の布陣から誰かれなく飛び出していく走力。ボールを力強く前へ運ぶ推進力も融合され、気がつけば互角の展開となっている。

必要以上に筋肉をつけてはいけないとする不文律

 J1を戦うエスパルスに対し、いわきFCが所属するのは福島県社会人リーグ1部。J1から数えて7部に相当するカテゴリーを戦うクラブは、昨年1月に異彩を放つコンセプトを掲げている。

 それは「日本サッカー界のフィジカルスタンダードを変える」――。約20億円をかけて建設された商業施設複合型のクラブハウス「いわきFCパーク」には、最新のトレーニング機器が完備。J1でもなかなかお目にかかれない、至れり尽くせりの環境が整っている。

 福島県いわき市を拠点として2012年に創設されたいわきFCは、翌年に「一般社団法人いわきスポーツクラブ」の設立とともに法人化。福島県社会人リーグ3部西から戦いをスタートさせた。

 一方でアメリカのスポーツ用品メーカー、アンダーアーマーの日本総代理店である株式会社ドーム(本社・東京都江東区)が、東日本大震災からの復興や地域の活性化を掲げて、2015年12月にいわき市内に物流センター「ドームいわきベース」を竣工させた。

 同時にドーム社はサッカークラブを立ち上げると宣言。「株式会社いわきスポーツクラブ」を設立して、いわきFCの運営権を一般社団法人いわきスポーツクラブから譲り受け、直前に湘南ベルマーレの社長を辞任していた大倉智を代表取締役として迎えた。

「僕自身がもともと、興行とは非日常的な空間のなかでお客様が『えっ』と思うような、大きな体の選手たちがやるべきだという考え方をもっていました。ヨーロッパやアメリカでは当たり前のこととなっているのに、Jリーグにいるとなかなかチャレンジできない環境にあったので」

 日本サッカー界には、日本人はもともと体が小さいがゆえに、必要以上に筋肉をつけてはいけないとする不文律があった。違和感を禁じ得ない状況で出会ったのが、アメリカンフットボールの全日本大学選抜チームのキャプテンを務めた経歴をもつ、ドーム社の安田秀一代表取締役だった。

 長年抱いてきた疑問が共有されるのに、それほど多くの時間は要さなかった。ドーム社のノウハウを生かしたフィジカルトレーニングと、専門の栄養士のもとで管理された食事を1日3食しっかり取りながら、肉体を徹底的に強化する――固定観念に抗う挑戦が幕を開けた。

フィジカルだけでなく、ボールをつなぐ勇気も

 練習時間の半分近くを、フィジカルトレーニングにあてる。最近は選手個々を遺伝子レベルまで検査し、それぞれに合ったトレーニング方法を探るトライも開始している。大倉代表取締役が続ける。

「ドーム側も僕と同じことを考えていたので、だからこそ『日本サッカー界のフィジカルスタンダードを変える』というコンセプトにつながったというのはありますね。ただ、フィジカル、フィジカルと言われていますけど、当然ながらそれだけじゃない。

 今日の試合を見ていただけたらわかると思いますけど、ボールをしっかりつなごうとする勇気もある。上手い選手が、走る、倒れない、前へボールを運ぶといった部分のフィジカルが強くなることで、どんどん変わっていく。それが当たり前の流れだと思っているので」

 選手は全員がアマチュア。午前中を練習にあて、午後は同じ敷地内にある「ドームいわきベース」で仕事に従事して収入を得る。たとえば、エスパルス戦で先発した11人の平均年齢は22.3歳。最年長はボランチの板倉直紀で、1992年11月22日生まれの24歳となっている。

 元JリーガーはJFAアカデミー福島から2014シーズンに加入したJ3のAC長野パルセイロで、2試合に出場している22歳の平岡しかいない。Jリーグ参入を目指しながら、戦うカテゴリーが上がっていっても、今シーズンのようなチーム構成を維持していくと大倉代表取締役は言う。

「Jリーグの選手を取ろう、という意欲がないですね。目指していく『90分間ノンストップで倒れない、魂のフットボール』を考えたときに、25歳、26歳の選手を取っても難しいので。どのように選手を育てるかが大事だし、その意味では高卒で(キャンバスが)真っ白な子を見つけていかないと」

「Jリーグだと、どのクラブも怖がってできないですよ」

 エスパルスに挑んだいわきFCの選手たちは、ユニフォーム越しにもはっきりとわかるほど、筋肉が盛り上がっていた。たとえば平岡は、加入してからの約1年間で体重が5キロ増えた。こうしたアプローチがいかに異端なのかは、鄭大世が漏らした言葉が如実に物語る。

「Jリーグだと、どのクラブも怖がってできないですよ。けがをしたら、誰が責任を取るんだとなるから。それが筋肉系のけがなら、絶対にフィジカルトレーニングに原因をもっていかれる。それをやって、なおかつ十分な爪痕を残したんだから、本当にすごいことだと思いますよね」

 試合は後半5分、エスパルスのMF竹内涼が豪快なミドルシュートを突き刺した瞬間に事実上、決着がついた。サッカーでゴールが生まれやすい時間のひとつとされる、前後半の開始5分までにしっかりとネットを揺らす。エスパルスの巧みな試合運びを肌で感じ取れたことが、今後への糧になると平岡は前を向く。

「2点目を決められたときは、さすがに『これがJ1クラスなのか』と思いました。応援してくれた方々には申し訳ないけど、見ていて楽しいサッカーはできていたと思う」

 次なる戦いは、もう目の前に迫っている。全国社会人サッカー選手権(全社)の福島県大会をすでに制しているいわきFCは、今月下旬に開催される東北予選会に出場。そこで2位以内に入れば10月の全社決勝大会に駒を進め、3位以内で地域サッカーチャンピオンズリーグへの出場権を得る。

 毎年11月に開催されるこの大会で2位以内に入れば、JFLへの昇格権を獲得できる。7部相当のカテゴリーから東北社会人リーグ2部、同1部を飛び越してJFL入りできる可能性を、自分たちのパフォーマンス次第でつかみ取れる。だからこそ、立ち止まっている時間はない。

「悔しいけど、僕たちの目標は今回の天皇杯で優勝することじゃない。いい形で今後へつなげていける戦いだったし、これからもハードな筋トレを積んで、さらに体を大きくしていきたい」

 試合後のIAIスタジアム日本平のピッチには、エスパルスのファンやサポーターによる万雷の拍手が降り注いだ。果敢なる挑戦の序章ともいえる90分間に、誰もが胸を打たれた。いわきFCの選手たちはエスパルスのゴール裏まで足を運び、頭を下げて感謝の思いを伝えながら、もっともっと強くなると誓っていた。

(取材・文:藤江直人)

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