横浜F、選手バス運転手が体験したクラブ消滅「途端に腑抜けになってしまった」【フリューゲルスの悲劇:20年目の真実】

横浜F、選手バス運転手が体験したクラブ消滅「途端に腑抜けになってしまった」【フリューゲルスの悲劇:20年目の真実】

あえて署名活動に参加しなかった理由

 かつて、横浜フリューゲルスというJクラブがあった。Jリーグ発足当初の10クラブに名を連ねた同クラブは、1999年元日の天皇杯制覇をもって消滅。横浜マリノス(当時)との合併が発表されてから2018年で20年となる。Jリーグ発足から5年ほどで起きたクラブ消滅という一大事件を、いま改めて問い直したい。(取材・文:宇都宮徹壱)

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 フリューゲルスとマリノスの合併が発表された時、まだリーグ戦は残っていましたよね? 横浜国際(セレッソ大阪戦)、ビッグアーチ(サンフレッチェ広島戦)、三ツ沢(アビスパ福岡戦)、厚別(コンサドーレ札幌戦)ですか。

 ああ、思い出してきた。札幌戦は、羽田の駐車場にバスを停めて、そのまま選手の皆さんと飛行機に乗って、羽田に戻ってきたらダッシュしてバスのハンドルを握っていましたね。

 まあ、ドライバーがわざわざ行く必要もなかったかもしれないけど、すでに「チームの一員」みたいな感じになっていたから(苦笑)。相変わらず、ロッカールームで一緒に円陣を組んでいましたし。

 選手の皆さんが「横浜駅で署名活動をする」っていうんで、何度かバスで練習場から運んだことはありますよ。でも、僕自身が積極的に何か活動をしていたかというと、あんまりでしたね。やっぱり出向の身だし、どこか他人事というか「あまり踏み込むべきではないよね」というのはあったかもしれない。

 だから僕は署名活動よりも、ひたすら自分の職務のことばかり考えていたように思います。それにリーグ戦が終わって天皇杯になったら、自分の仕事もそこで終わりじゃないですか。だからこそ、ドライバーとして最善の仕事をすることを第一に考えていたんじゃないかな。

 天皇杯は、全部の試合でチームに帯同しました。博多(大塚FC戦)と鳥取(ヴァンフォーレ甲府戦)は、札幌の時と同じように羽田までバスを乗り付けて、一緒に現地まで行きました。

 準々決勝のジュビロ(磐田)戦の前、選手やスタッフの皆さんにゲルバスの車体にサインしていただきましたね。リーグ戦では自走するのは名古屋までだったけど、準々決勝以降はゲルバスで会場入りすることが決まったんです。

 そのまま勝ち続ければ、神戸ユニバー、長居、そして国立。自分でも、あと3試合は仕事をするつもりでいました。ていうか、あまり負ける気がしませんでしたね。

天皇杯決勝・清水戦はピッチレベルで見ていた

 準々決勝から準決勝までは中3日だったので、関西までゲルバスを走らせて僕は現地で待機していました。ドライバーにはもったいないくらい、立派なホテルに泊まらせてもらった記憶があります。ちょうどクリスマスの時期だったので、ツリーのイルミネーションがきれいでしたね。

 この間、ずっと「負けたら終わり」を覚悟しながら仕事していましたよ。もちろん、選手の皆さんも必死でした。サンちゃん(セザール・サンパイオ)が相手のタックルを受けて、4〜5針縫ったのを見ています。

 アツさん(三浦淳宏)も膝をやられて、痛み止めの注射を打ってもらいながらプレーしていましたよ。今でも強烈に覚えていますね。

 そんなこんなで、元日の決勝戦にコマを進めることになりました。フリューゲルスは、その5年前(93年)の天皇杯で優勝していますけど、僕がゲルバスの仕事をする少し前の話ですから、僕にとっては初めての晴れ舞台ですよ。

 年が明けてホテルではおせち料理が出るんだけど、もちろん正月気分に浸っているやつはひとりもいなかった。国立競技場に向かうバスの中で「今日がラストランになります。皆さんもどうか悔いのないように」とアナウンスしたのは覚えています。

 で、国立に到着したら、ある選手から「山田さん、ユンケル買ってきて」って言われてね(苦笑)。ギンギンに気持ちを高めたかったんでしょうね。代々木駅あたりまで駆けずり回って探してきましたよ。

 決勝戦も普通にロッカールームに入れてもらって、アップが終わったユニフォームなんかを片付けていましたよ。本当は単なるバスの運転手が手伝っているだけなんだけど、警備の人から咎められたことはなかったですね。

 試合はピッチレベルで見ていましたよ。もちろんベンチではなく、マラソンゲートのあたりにいいポジションがあるの。そこでしゃがんで見ていた。

 こっちも必死だけど、相手(清水エスパルス)も必死。清水観光のドライバーとは仲が良かったし、いろいろ親切にしてもらったけど、この日ばかりは絶対に負けられないっていう気持ちでしたよね(笑)。

プロ選手20何人分の命を預かる責任

 優勝が決まった瞬間? もちろん嬉しかったけど、細かいことはあまり覚えていないねえ。ただ、あの時の写真は残っているんだ。ほら、ここに写っているのが僕。嬉しさのあまり泣いていましたよ。

 もちろん優勝できたこともそうだけど、こんな年寄りを選手の皆さんが仲間として迎え入れてくれたことが嬉しかった。この時、僕は52(歳)かな。ゲルさん(ゲルト・エンゲルス監督)は11歳下だから、一番ジジイだったわけだよね。こんな年寄りを可愛がってくれた選手の皆さんには、本当に感謝しかありませんよ。

 試合後、ロッカールームに戻ったらドンペリが10本くらい用意してあって、もう大騒ぎでしたよ(笑)。そのあと新横浜まで移動して、サポーターの皆さんに優勝報告。だけど僕は駐車に手間取って見ていないんですよ。

 それからホテルに戻って、あれが本当のラストランでしたね。走行中、いろんなことを思い出しましたよ。僕は自分の指の数が足りなくなるくらい、いろんな仕事をやってきたけれど、ゲルバスのドライバーをやっていた時は相当に気合いを入れてやっていました。

 だってプロのサッカー選手20何人分の命を預かっていたんだから。選手の皆さんも、僕の運転を信頼しきってくれていたようです。今でもこうして目を閉じると、皆さんひとりひとりの顔が浮かんできますねえ。

 全日空スポーツへの出向が終わって、結局イースタンに戻ったんです。しばらくの間、お台場にあるフジテレビのハイヤーを運転していたんだけど、会社が吸収合併されちゃってね、バスもハイヤーもやらなくなったの。

 その後、千葉に引っ越してタクシー運転手をしばらく続けていたんだ。そしたらある日、ゲルバスが宮城交通で使われていることを知ったんだよね。

 もちろん塗装は変わっていたけど。バスの寿命って、20年はもつからね。しかもフリューゲルスの時、10万キロちょっとしか走っていなかったから、まだまだ十分に走れたと思いますよ。

できればゲルバスを買い取りたかった

 そもそもゲルバスって、ものすごくお金がかかっていたんですよね。僕が聞いた話では、税金も入れて6500万円。ちなみにヴェルディのバスは、ユニフォームのデザインなんかを手掛けたコシノジュンコさんが内装をやったらしいんだけど、それでも4500万円くらいだったそうです。

 こっちは選手のコンディション維持のために、お金をかけていた感じでしたね。CDが20枚入るデッキを3台ぶっこんでいました。座席も航空機のリクライニングシートをイメージしていて、全部倒れるようになっていた。ですから移動中も、選手の皆さんは快適だったと思いますよ。

 実は僕ね、ゲルバスを自分で買い取ろうと思ったことがあったの。1000万円しか用意できなくて諦めたんだけど、あとで聞いたら1500万円で流れたらしい。あと500万円くらいなら、何とでもなったのになあって。ゲルバスには愛着もあったけど、それ以前に職業ドライバーとして考えたときにね、サッカー関係でなくても一般観光で十分にペイできると思ったの。そんなに長くないハンドル人生であってもね。

 それにあのバスだったら、どこに出しても恥ずかしくないっていう自負もあったし。フリューゲルスのファンの人たちも、あのバスのその後を気にかけている人たちがいるみたいで、「ゲルバスを見にいこう」っていうツアーもあったと聞いていますよ。

 僕にとってのフリューゲルスですか? まあ、ありきたりかもしれないけど「プロの集団」だったね。一度、渡邉一平の足の親指を見たことあるんだけど、何度も踏まれたんだろうね、デコデコになっていて。それくらい彼らは頑張っているわけじゃないですか。

 僕もドライバーのプロとして頑張ってきたけど、やっぱりスポーツのプロっていうのは違うなあと思いましたね。プロを相手に仕事をしてきた5年間は、ですから毎日ずっと気が張っていましたよ。突然それが終わってしまったから、途端に腑抜けになってしまいました(苦笑)。

 その後、タクシー稼業を5〜6年くらい続けましたけど、還暦前に何の未練もなくハンドル稼業とはオサラバしましたね。

(取材・文:宇都宮徹壱)

【文中敬称略】

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