「海外のサッカースクールではお金なんて取らない」。いわきFC、地域を巻き込んだ未来への投資【いわきFCの果てなき夢】

「海外のサッカースクールではお金なんて取らない」。いわきFC、地域を巻き込んだ未来への投資【いわきFCの果てなき夢】

異彩を放つ挑戦の出発点

 天皇杯全日本サッカー選手権でJ1の北海道コンサドーレ札幌を撃破するなど、2017年の日本サッカー界に強烈すぎるほどのインパクトを残したいわきFC。2018年はJ1から数えて6部に相当する、東北社会人2部南リーグを主戦場とするアマチュア軍団は、行政を含めた地域を力強く巻き込む象徴となり、大きく広がりを見せる輪の中核を担っている。異彩を放つ挑戦を追う本シリーズ。第3回は予想を上回るスピードで深まっている、いわきFCといわき市の絆を追った。(取材・文:藤江直人)

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 お互いに2ゴールずつを奪い合い、突入した延長戦で立て続けに3ゴールを叩き込んで力でねじ伏せる。2017年6月21日。舞台は天皇杯全日本サッカー選手権大会2回戦。雨が降り続けた幌厚別公園陸上競技場で演じられたジャイアントキリングは、日本サッカー界に衝撃を与えた。

 まさかの敗退、それも完敗に打ちひしがれたのはJ1の北海道コンサドーレ札幌。対照的に勝者の咆哮を敵地の夜空にとどろかせたのは、J1から数えて7部に相当する福島県社会人リーグ1部に所属するいわきFC。無名のアマチュア軍団の存在が、一気に全国へ知れ渡った瞬間だった。

 再びJ1勢に挑んだ7月12日の3回戦では清水エスパルスに0‐2で苦杯をなめ、決勝でJ3の福島ユナイテッドFCを撃破した福島県予選から紡がれてきた、痛快無比な快進撃はストップした。それでも攻守両面で激しく、勇敢に戦い続けた90分間に対して、敵地・IAIスタジアム日本平に居合わせたエスパルスのサポーターからスタンディングオベーションが送られた。

 図らずもさらに知名度が上がる敗退となったが、当初はいわきFCとは別のチーム名称が検討された時期もあった。湘南ベルマーレの代表取締役社長を辞して、2015年12月にいわきFCを運営する株式会社いわきスポーツクラブの代表取締役に就任した大倉智が振り返る。

「最初は『福島FC』とか、いろいろな考えがありました。運営会社の名称も『株式会社福島』にしようとか。かなりの議論を積み重ねてきた結果として、やっぱり『いわき』でいこうと」

 アメリカのスポーツ用品メーカー、アンダーアーマーの日本総代理店を1998年から務める株式会社ドーム(本社・東京都江東区)が、東日本大震災からの復興を支援する拠点としてきたいわき市に、サッカークラブを立ち上げることを決めたのが異彩を放つ挑戦の出発点となった。

地域ロイヤリティーを高め、マネタイズする

 当初はゼロベースでチームを創設。一番下のカテゴリーとなる福島県社会人リーグ3部東からスタートする青写真を描いていたが、2012年6月から活動を続けてきたいわきFCと理念が一致。チームを運営していた一般社団法人いわきスポーツクラブから、運営権を譲り受けるかたちで船出した。

 その際には「いわき」ではなく「福島」で、という考え方も提案された。それに対して異を唱えたのが1996年5月にドームを立ち上げ、いま現在は代表取締役CEOを務める安田秀一だった。

「安田は『一点突破』とよく言います。一点を突破すれば、周りがついてくると。将来的に実現させる3つの夢の最初に『いわき市を東北一の都市にする』と、あえて日本一ではなく東北一と謳ったのも、人口約35万人のいわき市の皆さんの共感を何よりもまず得たいという思いがありました。

 いわきが元気になれば、福島県や福島県のサッカー界も元気になる。福島県が元気になれば、東北全体も元気になる。結果として日本全体へ震災からの復興をアピールできるし、それが世界へ発信されていくなかで『いわき』というマーケティングの位置づけになっているわけです」

 チーム名称をいわきFCのまま継続した経緯を振り返る大倉は、議論の過程で人口約33万人の郡山市もマーケティングの対象に加えてはどうか、と提案したことがある。

 福島県は3つの地域に分かれている。いわき市のある比較的温暖で降雪量も少ない浜通り、郡山市や県庁所在地の福島市のある中通り、そして豪雪地帯でもある会津。そして、中通りのなかでも福島市は一番北に位置して山形県や宮城県と隣接し、中部にある郡山市はむしろいわき市との距離が近かった。

「どうしても分母を増やしたい、と思うじゃないですか。郡山市を加えたら人口規模も68万人になるからいいんじゃない、と言ったら安田は『いや、違う』と。僕自身、ベルマーレのときは7市3町のホームタウンを回るのがすごく大変だったこともあり、安田の考え方にはなるほど、と思いました。

 いまでこそ地域ロイヤリティーを高めて、それをマネタイズするという言葉を使っていますけど、わかりやすいのが高校野球や高校サッカーで母校が全国大会に出たときですよね。母校というロイヤリティーが、いわき市になればいい。35万人のうち、3万人がスタジアムに来てくれれば十分ですから」

いわき市が抱えていた切実な問題

 もちろん、新体制でスタートした当初は、いわき市側に驚きをもって受け止められたはずだ。ドームが巨大な物流センターを建設し始めたかと思えば、敷地内の盛り土はサッカーコート1面とフットサルコート2面が整備された人工芝のグラウンドに変わり、土地を所有していた企業の建物も日本スポーツ界初の商業施設複合型のクラブハウスへリノベーションされることも発表された。

「誤解を恐れずに言えば、僕たちはよそ者ですから。よそ者がいきなりいわき市に来て、いろいろなものを建て始めて、こういうことを目指したいと言っても、最初の1年間はいろいろなところを回りながら、ほとんど頭を下げてばかりいましたからね。

 実際、一昨年はアカデミーのジュニアユース(U-15)を立ち上げるのも大変でしたから。子どもたちを取った、取られたという話になるし、何をするんだ、死活問題だろうとまで言われました。とにかく、僕たちとしてはいろいろなことを地道に広めていくしないと思っていました」

 2015シーズンのオフにベルマーレのテクニカルダィレクターを辞し、いわきFCの強化・スカウト本部長に就任。2017シーズンからはトップチームの監督を兼任している田村雄三も苦笑いしながら、無我夢中で突っ走り続けた2016年を振り返る。

 一方でいわき市も切実な問題を抱えていた。市内には2011年度から文部科学省よりスーパーサイエンススクールに指定されている名門、県立磐城高校がある。しかし、卒業生の大半が東京大学を含めた首都圏の大学へ進学し、そのまま地元へUターンすることなく就職している。

 人口も約30年間にわたってほぼ横ばいの状態が続くなかで、日本全体の問題でもある少子高齢化のうねりに巻き込まれていく。2060年には居住地域のうち6割で人口が半減するという危機感も指摘されるなかで、地域の象徴となりうる存在が求められていた。

「スポーツやいわきFCが中心となって、ひとつになれるような位置づけをいわき市から期待されている、とは感じています。人口の流出を止めて、子どもたちが戻ってくるようにするにはやっぱりワクワクする町づくりが必要だし、そのためにはスポーツという切り口になりますよね。

 いわき市は産業も観光もあるし、農産物も豊富だし、太平洋に面していることもあって郡山や会津と比べてはるかに暖かい。大きな可能性を秘めているし、市の若い職員の方々は何とかいわき市を変えたいと本当に情熱的で、僕たちも真剣に対応してきたので、いまでは濃い関係を築けています」

地域との連携。いわきFCを活かしたまちづくり

 行政を含めた地域を予想以上のスピードで巻き込んでいる――時間の経過ともに大倉が感じていた手応えは新たな船出から2年もたたない2017年10月12日に設立された、「スポーツによる人・まちづくり推進協議会」となって具現化された。

 発起人にはいわき市の清水敏男市長をはじめ、いわき商工会議所会頭、いわき地区商工会連絡協議会長、いわき青年会議所、いわきサッカー協会会長、そして大倉が名前を連ね、行政、経済、観光、まちづくり、スポーツ、教育、医療など各団体に参画が呼び掛けられた。

 最初の総会には約70を数える団体が参加。いわきスポーツクラブの理念に共感し、地域連携のもとでスポーツがもつ力を最大限に活用した人・まちづくりを推進していく趣旨が共有された。そして、趣旨に基づく4つの取り組みも設定されている。

【1】市民の健康増進
【2】未来を拓く人財の育成
【3】シティセールス・都市ブランド力向上
【4】いわきFCの応援

 このうち【1】と【2】に関しては、推進協議会の設立に先駆けるかたちで、いわきFCが昨年8月からスタートさせた「いわきスポーツ・アスレチック・アカデミー(ISAA)」を介して取り組んでいる。

 対象となるのは4歳から11歳までの子どもたち。年齢ごとに4つのクラスに分けて、毎週水曜日の午後3時から1クラスにつき1時間ずつ、いわきFCフィールドで遊びながら体力をつけ、なおかつ楽しく運動スキルを学べるプログラムを提供している。

 講師にはドームからの紹介で、ジュニア年代のトレーニングにおける第一人者、小俣よしのぶ氏を含めた2人を招へい。各クラス20人でスタートしたところ、入会を希望する子どもたちが殺到し、いまではトータルで200人を超えている。

 秋からはいわきFCの選手たちも2班に分かれて、臨時講師として携わっている。安全面が十分に確保されたなかで、走る、投げる、捕る、つかむといったスポーツの基本的な動きに笑顔を浮かべ、歓声をあげながら取り組んでいる。

 施設利用料やスポーツ保険、アンダーアーマーのTシャツなど指定アイテムの購入で年間1万円前後の費用がかかる一方で、月謝はいっさい無料としたのも安田の提案だったと大倉が振り返る。

「Jリーグではサッカースクールはどうなっているの、という安田の話から始まったことなんです。事業化されているという現状を説明したら、海外のサッカースクールではお金なんて取らないよ、と。未来への投資という視点でできるかどうか、ぜひともやろうとスタートしたのがISAAです。

 あらゆるスポーツに対する能力をもった子どもたちを見出そう、という思いからサッカーだけに限定しませんでした。自分たちの町に急に誕生した緑の芝生のうえで、走り始めた子どもたちが将来どうなるんだろうと。もちろんロイヤリティーもついてくる、という意図も含まれての取り組みですけどね」

いわきの町が変化する触媒に

 文部科学省による平成28年度学校保健統計のなかの「肥満傾向児の出現率」で、福島県内の5歳から17歳までの幼児、児童、そして生徒はすべての年齢で全国平均を上回っていた。こうした傾向は東日本大震災を境に、さらに顕著になったという。

 だからこそ、スポーツで汗を流す、あるいは体を動かすことの楽しみを子どもたちにあらためて伝えるISAAは、推進協議会が掲げる【1】の「市民の健康増進」に寄与する。ややもすれば埋もれてしまうホープたちを小学生年代で発掘できれば、【2】の「未来を拓く人財の育成」の出発点にもなる。

 毎週水曜日に幾重もの笑顔が弾ける光景を、フィールドに隣接するクラブハウスから目を細めながら大倉はながめている。

「お母さんたちもスタンドから笑顔で見ていて、ほんとうにいい絵ですよ。いまは週1回なのを2回に増やすかどうかなど、これから考えていきたいと思っていまけど、やっぱりファシリティーなんですよね。僕たちが自由に使える場所があるから、子どもたちが思い切って走れるんですよ」

 行政を含めた地域を巻き込んだ輪が、いわきFCを中心としてどんどん広がっていく。トップチームが天皇杯で演じた快進撃が市民の興味と関心を手繰り寄せ、いわきFCへの求心力をどんどん高めた結果として、いわきという地域に対する愛着もより深くなったと言っていい。

 クラブハウス『いわきFCパーク』の3階にあるレストランの一部では、天皇杯開催時にパブリックビューイングが実施された。コンサドーレ戦で300人を数えたファンやサポーターは、エスパルス戦では実に400人に増え、店内に入り切れないほどの盛況ぶりだった。

 2018シーズンからはJ1から数えて6部に相当する、東北社会人2部南リーグへ戦いの舞台を移すいわきFCを触媒として、いわきの町がゆっくりと、確実に変わりつつある。(文中敬称略)

(取材・文:藤江直人)

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