セレッソ・鈴木孝司「中にいるだけがFWの仕事でもない」。勝利と結果の最大公約数をとるプレー【この男、Jリーグにあり】

セレッソ・鈴木孝司「中にいるだけがFWの仕事でもない」。勝利と結果の最大公約数をとるプレー【この男、Jリーグにあり】

JFLを経験した苦労人ストライカー

明治安田生命J1リーグ第26節浦和レッズ対セレッソ大阪が13日に行われた。試合はセレッソが2対1で勝利し、リーグ戦4連勝で6位に浮上した。この試合で勝ち越しゴールに絡んだ鈴木孝司は8月に加入したばかり。決して順風満帆とは言えない30歳のストライカーが歩んできた道のりと、セレッソでの活躍の理由を、本人の言葉から探る。(取材・文:藤江直人)
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 波乱万丈に富んだ、という表現がこれほどピッタリと当てはまるサッカー人生もないだろう。30歳になった夏に夢にまで見たJ1デビューを果たし、初ゴールまで決めた。セレッソ大阪の一員になって1ヶ月あまり。鈴木孝司はいま、摩訶不思議な感覚を抱きながらプレーしている。

「まったく実感がないんですよ。J1でプレーしていてゴールまで決めて、周りからはけっこう反響がすごいんですけど。でも、そこで満足していない自分がいるからこそ実感がないのかな、と」

 遅咲きのストライカーという言葉は適切ではない。しかし、決して順風満帆な軌跡を歩んできたわけでもない。神奈川県三浦市で生まれ育ち、横浜F・マリノスジュニアユース追浜から桐光学園高校、法政大学をへて、2012シーズンにJ2へ初めて昇格を果たしたFC町田ゼルビアに加入した。

 しかし、プロ1年目は18試合に出場して無得点。ゼルビアも最下位に沈み、V・ファーレン長崎と入れ替わるかたちでJFLへ降格した。2年目からレギュラーをつかんで15ゴールをマーク。J3が創設された2014シーズンには19ゴールをあげて、J3の初代得点王として歴史に名前を刻んだ。

 2015シーズンのJ3戦線でも12ゴールをマーク。ゼルビアの2位躍進に貢献し、大分トリニータとのJ2・J3入れ替え戦では連勝したゼルビアの全得点となる3ゴールをゲット。4年ぶりのJ2復帰への立役者となり、2016シーズンも夏場までにJ2の得点ランク2位タイとなる12ゴールをあげた。

 しかし、好事魔多し。8月7日のレノファ山口戦で、左アキレス腱を断裂する全治約半年の大けがを負ってしまう。手術を受けて順調にリハビリを積んでいたが、2017シーズンを始動させた直後に同じ箇所を再び断裂する悪夢に見舞われる。復帰を果たしたのは8月に入ってからだった。

町田を契約満了、今季から琉球へ

 もっとも、故障する前まで発揮していた得点感覚をなかなか取り戻せない。当時のゼルビアの練習場が反発の強い人工芝だったことも、古傷に好ましくない影響を与えていたのか。2017シーズンは2ゴール、昨シーズンは5ゴールに終わり、オフに契約を更新しない旨を告げられた。

「自分からサッカーをやめようとは思いませんでしたけど、それでも『このまま引退しちゃうのかな』という思いが少しは頭をよぎることはありました。自分ではまだまだサッカーができると思っても、所属するチームがなければできないことなので」

 左アキレス腱を気にすることなくプレーできる状態に戻っていたが、周囲からはどうしても2度手術した古傷を抱えていると見られてしまう。そこへ29歳という、中堅からベテランの域に差しかかった年齢が拍車をかけるかたちで、ネガティブな発想を呼び起こす悪循環に陥っていた。

 一縷の希望を託して年末の合同トライアウトを受け、今シーズンから初めてJ2の戦いに挑むFC琉球からのオファーを勝ち取った。ゼルビアで慣れ親しんだ「9番」を用意し、迎え入れてくれた琉球へは「拾ってくれた、という意味で本当に恩を感じています」といまでも感謝の思いを忘れない。

 専用の練習場こそもたない琉球だったが、それでも沖縄本島中部や南部の数ヵ所を渡り歩いた練習場はすべて天然芝だった。しかも、南国ならではの温暖な気候が、古傷のコンディションをさらに良好なものにしてくれた。新天地への恩返しも含めて、復活への条件は整っていた。

 ホームのタピック県総ひやごんスタジアムに、J1を戦った経験をもつアビスパ福岡を迎えた2月24日の開幕戦。鈴木は23分に先制ゴールを、72分には勝ち越しゴールをマークして琉球を白星発進に導く。その後も第6節までに8ゴールを量産し、琉球も4勝2分けと好スタートを切った。

 攻撃だけではない。守備でもプレスの“一の矢”を担う泥臭い仕事も担いながら、開幕から先発フル出場を続けた軌跡もコンディションのよさを物語る。しかし、琉球における挑戦は27試合、2430分間に出場し、リーグ2位(当時)の15ゴールをあげたまま突然の終焉を迎える。

「少しでも高いレベルでプレーしたい」

 セレッソへの完全移籍が電撃的に発表されたのは、夏の移籍市場が閉まる直前の8月13日だった。オファーを受けたときの心境を「驚いたというよりはありがたかったというか、感謝の気持ちの方が強かった」と振り返る鈴木は、7月25日に30歳の誕生日を迎えたばかりだった。

「サッカー選手ならば、少しでも高いレベルでプレーしたいと誰しも思っているはずなので。その意味で縁あってセレッソというチームで戦えている僕は、本当に幸せ者だと思っています」

 新天地で結果を残していくことが、琉球への恩返しになる。覚悟と決意を胸に秘めてセレッソに合流した鈴木を待っていたのは、年下の選手たちを中心とした予想外の歓迎だった。21歳のDF舩木翔、19歳のDF瀬古歩夢らが“イジって”くれたことに、鈴木は心から感謝している。

「みんな関西人だからなのかわからないですけど、年下からイジられることが多くて。その意味では馴染みやすかったというか、チームに入りやすかった。どれがイジりなのかと言われたらちょっとわからないですけど、みんなニヤニヤしながら。あれは本当に嬉しかったですね」

 ピッチを離れれば朴訥としている鈴木のキャラクターも、思わず突っ込みを入れたくなる格好の対象となったのだろう。すぐに新天地に溶け込んだ鈴木は、合流から4日後の横浜F・マリノス戦で初めてベンチ入りを果たし、73分からFWブルーノ・メンデスに代わって敵地のピッチに立った。

 続くジュビロ磐田戦からは交代要員の1番手になり、今月1日の川崎フロンターレ戦では投入からわずか4分後の54分に、J1初ゴールとなる勝ち越し弾をゲット。右サイドを抜け出したMFレアンドロ・デサバトがマイナス方向へ送ったクロスを、完璧なヘディング弾で仕留めてみせた。

 歓喜の場面では右サイドからMF水沼宏太が送ったクロスが相手選手に当たり、方向を縦へ変えて弾んでいった。誰よりも早く追いかけるデサバトに反応するように一度ニアポストへ走った鈴木は、下がりながら対応するフロンターレ守備陣を見ながら急停止している。

 必然的に自身の周囲にスペースが生まれる。スタンディングの状態ながら上半身をひねった反動だけで放った、フロンターレの守護神チョン・ソンリョンの牙城を破る強烈な一撃。ゼルビア時代や琉球時代のチームメイトや関係者を含めて、あふれんばかりの祝福メッセージが届いた。

「もちろんその日は嬉しかったですけど、安心していられないというか。いまはけがをしている選手が戻ってきたときを考えれば、毎試合のように僕は結果を出していくことが重要なので。チーム内の競争というものもあるので初ゴールで立ち止まることも、浮かれる気もありません」

「奥さんが悲しむ姿をもう見たくない」

 夏の移籍市場でセレッソはフォワードを探していた。北海道コンサドーレ札幌から加入し、レギュラーを務めていた都倉賢が5月11日の横浜F・マリノス戦で、右ひざの前十字じん帯損傷および外側半月板を損傷。全治8ヶ月の重傷で、シーズン中の復帰がほぼ絶望になった。

 セレッソは湘南ベルマーレのFW山崎凌吾にまずオファーを出している。しかし、山崎がベルマーレへの残留を決断したことで方針を転換し、J2で突出した数字を残していた鈴木に白羽の矢が立てられた。来シーズンには都倉も復帰してくるからこそ、自分と周囲を納得させる結果が必要だった。

 日本代表が臨んだ国際AマッチウィークでJ1が中断していた今月上旬に、プライベートでも大きな転機を迎えた。セレッソを通じて一般女性との結婚・入籍が発表されたのは11日。クラブから発表されたコメントには、背負うものが増えた状況への至福の喜びが凝縮されていた。

「町田、琉球、そして大阪と常に隣で支えてきてくれた妻と結婚できることを嬉しく思います。これからは今まで以上に責任感と覚悟をもってサッカーに取り組みたいと思います」(原文のまま)

 鈴木によれば、町田時代から交際を続けてきた夫人との入籍は「沖縄にいようがどこにいようが、大安のこの日と決めていた」という。9月におけるクラブ発表前までの大安は2日と8日。いずれかが結婚記念日となると推測できるなかで、夫人の笑顔が新たなエネルギーになっている表情を引き締める。

「トライアウトのときも僕を支えてくれたし、僕以上に悲しい思いをしてくれたのも奥さんでした。本当に感謝しているし、奥さんが悲しむ姿をもう見たくない、という思いが僕の活力になっている」

ボランチの経験と優れた柔軟性

 気持ちも新たに浦和レッズのホーム、埼玉スタジアムに乗り込んだ13日の明治安田生命J1リーグ第26節。1−1の同点に追いつかれた直後の66分に鈴木は交代要員の1番手として、メンデスに代わって投入された。迎えた82分。最初の大仕事を図らずも完遂する。

 右タッチライン際でパスを受けた鈴木は、一瞬キープに入りかけた直後に、強引に縦への突破を図った。虚を突かれたのか。慌てて止めに入り、足を刈るように鈴木を倒したMF阿部勇樹に主審から提示されたのは、71分に続く2枚目のイエローカードだった。

「ボールを簡単に失わないことが、あの時間帯でチーム全体に求められたことでした。ただ、ボールを大切にしながらも自分で行くところは行く、というプレーをやっていくことも、フレッシュな状態で後半の途中から出ているという意味でも、流れを変えるという意味でも大切になると思ったので」

 数的優位に立ってからわずか2分後。待望の勝ち越しゴールに絡む仕事にも鈴木は絡んでいる。ボールをもちあがったDF松田陸が、右タッチライン際に開いたMF水沼へパスを送る。ワンタッチで弾かれたボールをゴール前から移動してきた鈴木が、左足によるワンタッチで再びはたいた。

 ほぼノールックの体勢から照準をすえたのは、右サイドから中央へ侵入していった松田。ボールを真横に運んだ松田は、すかさずペナルティーエリアの外側でフリーの状態になっていた、MF田中亜土夢へパス。次の瞬間、豪快なミドルシュートがゴール左上に突き刺さった。

「セットプレーからの流れでウチのセンターバックが2枚、中に残っていた。そこで自分も中にいてもスペースが狭くなるだけだし、中にいるだけがフォワードの仕事でもないので。あそこにスペースがあったのはわかっていたし、そこで起点になれば相手のディフェンスもマークしづらいレーンだと思ったので。そこに上手く顔を出せたのはよかったと思っています」

 流れるような連携から生まれた決勝点に絡んだワンプレーを、こう振り返った鈴木のサイズは身長179cm体重77kg。フォワードとしては決して大柄ではないものの、大学4年生まで主にボランチを務めていた経験から味方に使われるだけでなく、状況によっては使うプレーの両方に長けている。

 セレッソの一員になって間もないにもかかわらず、水沼、そして松田とワンタッチでパスをつないだ場面も、誰とでもすぐコンビネーションを組める柔軟性を抜きには語れない。琉球のエースストライカーとして演じた今シーズン前半の大暴れも、柔軟性を触媒として考えればうなずける。

「シーズンが終わったら喜ぼうかな」

 8月に入ってFC東京、サガン鳥栖に連敗を喫したセレッソは、鈴木の加入後に一転して4連勝をマーク。勝ち点43でサンフレッチェ広島に並び、得失点差で後塵を拝する6位に順位をあげた。4位の川崎フロンターレとの勝ち点差は1ポイント、3位のマリノスとは4ポイント差に迫っている。

「結果がついてきている、ということは選手として嬉しいですね。もちろん最初から試合に出たいですけど、いまはそれ以上にチームが目指すところがはっきりしている。ただ、僕自身は点を取るためにこのチームに来たし、今日の試合は放ったシュートがゼロだったので。ゲームの展開にもよりますけど、時間が限られたなかでもしっかり結果を出していかないと」

 昨秋からの1年間は、まるでジェットコースターのように激しく移り変わる日々を送ってきた。次に起こることが予測できないからこそ、来シーズンのACL出場権獲得を目標に掲げるセレッソの勝利と、個人のゴールに代表される結果の間で最大公約数を取れるようなプレーを鈴木は自身に課す。

「そして、シーズンが終わったら喜ぼうかな、と思っています」

 決して冗舌ではない苦労人のストライカーが見つめるオフには、ピッチ上における目標を成就させたうえで、苦楽をともにしてきた夫人と華燭の典をあげる夢も描かれている。

(取材・文:藤江直人)

【了】


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