アルゼンチンのヒトラー

CONMEBOLプレオリンピック大会の決勝ラウンドを戦ったU-23アルゼンチン代表は、東京五輪出場の切符を掴んだ。2004年、08年と連覇を達成しているアルゼンチンは、今大会でも有力な優勝候補になるだろう。そこで、U-23アルゼンチン代表として南米予選に出場し、五輪本番でも活躍が予想される3人の注目選手を、南米在住の記者が紹介する。(文:北澤豊雄)
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FW:アドルフォ・ガイチ(サンロレンソ/アルゼンチン1部)
生年月日:1999年2月26日(20歳)
今季リーグ戦成績:9試合出場/4得点0アシスト

 南米予選の初戦、ガイチが開催国のコロンビア相手に貴重な決勝弾を決めると、コロンビアサポーターで埋め尽くされた満員のスタジアムは水を打ったかのように静まり返った。やがて口汚く罵る野次が始まった。その中に「ヒトラー」という声が混じっていた。

 アドルフォ・ガイチはコルドバ州のベンゴレアという人口1200人の小さな町で生まれた。南米では決して珍しい名前ではないのに、母は後年、息子の名がインターネット上を凶々しく飛び交うとは思いも寄らなかっただろう。

 国内の名門クラブ、サンロレンソでプロデビュー。彼の名がアルゼンチンサッカー界に轟いたのは、2019年8月にペルーで開催された「パンアメリカン大会」(南北アメリカ大陸で4年ごとに開催されているスポーツ大会。男子サッカーはU-22)だ。チームを牽引して5試合で6得点の大活躍で金メダル獲得に導いている。

 彼のニックネームが、ヒトラー、戦車、総統、ジェノサイド……などと付けられたのはその頃からだろうか。スペイン語読みのアドルフォはドイツのアドルフ・ヒトラーのアドルフと同じ名前なのである。それだけ破壊力を秘めた選手、ということを言いたいのだろう。とはいえ本人は気にせず身長190センチの長身からゴールネットを揺らし続けている。大型ストライカーだがゴール前のポジション取りと足技にも長け、こぼれ球をしっかり決める冷静さも持ち合わせている。

 アルゼンチンのヒトラーが東京にやってくる。

危機察知能力に長けたディフェンダー

DF:ファクンド・メディナ(CAタジェレス/アルゼンチン1部)
生年月日:1999年5月28日(20歳)
今季リーグ戦成績:13試合出場/0得点0アシスト

 ディエゴ・マラドーナが育った地でもあるブエノスアイレス郊外のビジャ・フィオリトでメディナは生まれている。貧しさと危険と隣り合わせの生活で、家から7つ先のブロックにあるサッカー場へ練習に行くのでさえ母親は心配するほどだった。

 13歳のときに名門リーベル・プレートの下部組織に合格。しかしメディナの家はクラブに必要な費用を捻出するのがぎりぎりの家庭だった。母親と継父は息子のために一生懸命に働いた。そんな生活を続けて14歳になったある日、彼が乗ったバスが強盗に遭い、お金とバックを盗られてしまったのだ。母親はいよいよ耐えられなくなりリーベル・プレートの指導者に相談した結果、条件の良いほかの学校へ移ることができた。

 リーベル・プレートを経て2018年から伝統あるCAタジェレスで活躍。U-20アルゼンチン代表でも主力になった。南米予選では決勝リーグのコロンビア戦との大一番、アルゼンチンは1点ビハインドで迎えた69分に退場者を出してしまう。この試合に負ければ五輪出場が難しい状況となるコロンビアは荒々しく捨て身の攻撃を仕掛けてくる。そのとき、サイドからの攻撃を得意とするコロンビアの波状攻撃をいなしていたのがメディナだった。

 生育環境がそうさせたのか、危機察知能力に長け、強靱な体幹とスピードとテクニックで相手の攻撃をくじく、頼れるディフェンダーである。

ペップの右腕が目を付けた逸材

FW:バレンティン・カステジャノス(ニューヨーク・シティFC/メジャーリーグサッカー)
生年月日:1998年10月3日(21歳)
今季リーグ戦成績:30試合出場/11得点8アシスト

 バレンティン・カステジャノスはチリでプロ選手としてのキャリアをスタートさせると、ウルグアイリーグを経てMLSのニューヨーク・シティでブレイクした逸材である。アルゼンチンのプロリーグはもとより下部組織でもプレーしたことのない珍しいタイプだ。

 チリとの国境に近い人口約30万人のメンドーサ州グアイマレンで生まれている。少年サッカー時代に薫陶を受けたのは1978年のアルゼンチンワールドカップ優勝メンバーのアルゼンチン代表ストライカー、レオポルド・ルケである。

 16歳のときに地元の地域リーグで活躍し、名門リーベル・プレートやラヌースの下部組織のセレクションを受けたが評価されなかった。それでもチリリーグに縁のあったコーチの勧めで名門ウニベルシダ・デ・チレのテストを受けて18歳のときに入団を勝ち取っている。しかし、思うように出場機会を得られず、その後、当時2部だったウルグアイのアトレティコ・トルケでプレーしたのちに、ペップ・グアルディオラの右腕と言われたドメネク・トレントに目を付けられ、2018年から彼が監督を務めるニューヨーク・シティでプレー。翌年には30試合11ゴールの活躍を見せている。

 ポジショニングとシュート力とスピードを兼ね備えた万能型のストライカーだ。南米予選ではエリート揃いの俊英たちに混じっても臆することなく堂々とプレーしていた。好きな選手はウルグアイ代表のルイス・スアレスとコロンビア代表のラダメル・ファルカオだという。まだまだ伸びしろのある可能性を秘めた選手である。

(文:北澤豊雄)

【了】