GK

 欧州4大リーグでブレイクしかけたものの、第一線から消えて久しい選手というのは数多くいる。いくら才能があっても、トップレベルの厳しい世界で生き残っていけるのは一握りだけだ。今回はかつてワールドクラスのポテンシャルを秘めると高く評価されていた元逸材たちの中から、転落ぶりが著しい11人の選手たちを紹介する。

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シモーネ・スクフェット(イタリア)
生年月日:1996年5月31日(23歳)
現所属クラブ:スペツィア(イタリア2部)
今季リーグ戦成績:23試合出場21失点

 2014年2月1日、スクフェットは負傷したGKゼリコ・ブルキッチの代役としてトップチームデビューを飾る。正守護神が試合直前に負傷したことによる緊急出場ではあったが、17歳でセリエA初出場を果たし、その後もシーズン終了まで定位置を譲らなかったことで評価は急速に高まった。

 しかし、デビューシーズンが終了した直後のオフにアトレティコ・マドリーへの移籍話を断ったことで所属するウディネーゼとの関係が悪化。ここから各年代のイタリア代表に名を連ね、A代表合宿にも招集された神童の苦難が始まる。

 2014/15シーズンは再び控えに降格し、2015/16シーズンはセリエBのコモへ武者修行へ。1年でウディネーゼに復帰してもベンチ生活から抜け出せず飼い殺し状態が続いた。20代序盤の最も成長できる時期をフイにしてしまったのだ。2018/19シーズンはトルコのカシムパシャへ期限付き移籍し、今季もセリエBのスペツィアに貸し出されている。ウディネーゼとは2022年夏までの長期契約を結んでいるが、決して関係が良くない現状を打破できなければ特大の才能は埋もれたままで終わってしまいそうだ。

DF

ジョン・フラナガン(元イングランド代表)
生年月日:1993年1月1日(27歳)
現所属クラブ:レンジャーズ(スコットランド1部)
今季リーグ戦成績:5試合出場/0得点0アシスト

 リバプールの下部組織で育ち、2011年4月に18歳でトップチームの公式戦デビューを果たした。その後はなかなか出番が増えなかったものの、2013/14シーズンは主力としてリーグ戦23試合に出場し、2014年6月にイングランド代表デビューを飾る。

 しかし、2014/15シーズン開幕前にひざを負傷してからキャリアは暗転してしまった。度重なる負傷に悩まされるようになったフラナガンは2016/17シーズンのバーンリーへの期限付き移籍でも往時のパフォーマンスを取り戻せず、2018年夏にリバプールを退団することになる。その後、リバプール時代の偉大な先輩スティーブン・ジェラード監督率いるレンジャーズに拾われたが、スコットランドでも才能は開花しきらず、下り坂を転げ落ちるようなキャリアを送っている。

ブレーノ(ブラジル)
生年月日:1989年10月13日(30歳)
現所属クラブ:ヴァスコ・ダ・ガマ(ブラジル1部)
今季リーグ戦成績:0試合出場/0得点0アシスト

 2007年末にブラジルの名門サンパウロからバイエルン・ミュンヘンに引き抜かれ、2008年の北京五輪では母国の銅メダル獲得に貢献するなど、当時はブラジル代表を背負って立つセンターバックとして将来を嘱望されていた。しかし、精神面の未熟さや大怪我もあってドイツで殻を突き破れないまま年数だけが経過していく。

 すると2011年9月に事件は起きた。ブレーノは自宅への放火の疑いで逮捕され、実刑判決を受けて刑務所で3年9ヶ月もの長期間にわたって服役することとなった。怪我の後遺症に苦しみ、アルコール依存症という問題も抱えていた。だが、模範囚として仮釈放された後、古巣バイエルンで短期間ユースチームのコーチを務めたのちにブラジルへ帰国。

 2015年に古巣サンパウロで現役復帰を決断する。同年8月には約4年ぶりの公式戦出場も果たすが、再び右ひざに問題が起きて2度の手術を受けることになった。再起をかけて2017年5月にヴァスコ・ダ・ガマへ移籍するも、2018年8月を最後に公式戦の出場記録が残っていない。

マルク・ムニエサ(スペイン)
生年月日:1992年3月27日(27歳)
現所属クラブ:アル・アラビ(カタール1部)
今季リーグ戦成績:16試合出場/1得点3アシスト

 ペップ・グアルディオラ監督が就任1年目の2008/09シーズン最終盤、当時Bチームよりも1つ下のフベニールA所属にもかかわらず、ムニエサは途中出場でトップチームのリーグ戦デビューを果たす。しかし、その試合で痛恨の一発退場処分を受けてしまった。このシーズンはチャンピオンズリーグ(CL)決勝でもベンチ入りしてバルセロナ優勝の瞬間を味わうことができた。

 その後はBチームが主戦場となり、2011/12シーズンにCL2試合とリーグ戦1試合に出場したのち、2012/13シーズンからトップチームに正式昇格した。しかし、バルセロナでのキャリアはこの年まで。2013/14シーズンからはイングランドに新天地を求めたがストークでは定位置を確保しきれず、2017年夏にスペインへ戻ってジローナの一員になっても伸び悩み続けた。

 今季からは欧州を出て、カタール・スターズリーグのアル・アラビに所属している。センターバックとしては小柄かつ細身で、左サイドバックとしては機動力に欠ける中途半端な特徴がステップアップを阻んだとも言えるかもしれない。

MF

ラヴェル・モリソン(イングランド)
生年月日:1993年2月2日(27歳)
現所属クラブ:ミドルスブラ(イングランド2部)
今季リーグ戦成績:2試合出場/0得点0アシスト

 同世代のポール・ポグバやジェシー・リンガードらとともに、マンチェスター・ユナイテッド史上初のFCユースカップ優勝を成し遂げ、サー・アレックス・ファーガソン監督に「私が見てきた中でもずば抜けた才能」と言わしめた逸材だ。

 しかし、ピッチ外での素行がとにかく悪く、暴力や刃物の所持などで警察のお世話になることもしばしば。自分が関係する裁判の証人を脅迫したこともあった。そして私生活が全く改善される気配のない様子に、さすがの名伯楽ファーガソンも匙を投げた。結局、ポグバをも超える才能を見込まれていながら、ユナイテッドのトップチームで得たのははごくわずかな出場機会だけで、ウェストハムへと放り出される。

 ところがそこでもうまくいかず、契約交渉のもつれなどもあってQPRやカーディフへ期限付き移籍したのち、サム・アラダイス監督とも衝突して退団。約半年の無所属期間を経てラツィオへ旅立つが、これが大失敗だった。イタリアでもチャンスは限られ、QPRへの再レンタルを経て、メキシコへ渡ってアトラスで1年間プレーする。

 そこで自信を取り戻したモリソンは、2019年2月にスウェーデン1部のエステルスンドと短期契約を交わし、同年夏にシェフィールド・ユナイテッド加入を果たしてプレミアリーグに戻ってきた。とはいえ出場機会は限られ、冬にはイングランド2部ミドルスブラへ期限付き移籍することになるが、かつての神童は何かキッカケを掴み始めているのかもしれない。

エマヌエル・フリンポン(元ガーナ代表)
生年月日:1992年1月10日(28歳)
現所属クラブ:なし(2019年3月現役引退)

 アーセナルの下部組織出身で2008/09シーズン途中にトップチームでベンチ入りも経験する期待の逸材だったが、本格的に公式戦デビューが期待された2010/11シーズンの序盤にひざに全治9ヶ月の大怪我を負ってしまう。そこから復帰した2011/12シーズン序盤にトップチームデビューを飾り、闘争心溢れるプレーでブレイクが期待された。

 しかし、気性の荒さからチームメイトとのいざこざも伝えられ、2012年1月にウォルバーハンプトンへ期限付き移籍。すると、5試合目の出場となった試合で再びひざに大怪我を負ってシーズン絶望となってしまった。その後もレンタル生活が続き、2014年1月末にアーセナルを退団。イングランド2部バーンズリーへと新天地を求めたが、ここでも出場機会に恵まれなかった。

 その後はロシアへ向かい、ウファやアルセナル・トゥーラでプレーするも出場機会は限定的で、スウェーデンやキプロスでプレーしたのち、2018年夏からはついに無所属の身に。精神面の未熟さや荒れた私生活を改善できずブレイクのチャンスを逃し続けた結果、2019年3月に現役引退を決断した。

ジョゼ・バクスター(イングランド)
生年月日:1992年2月7日(28歳)
現所属クラブ:メンフィス901(アメリカ2部相当)
今季リーグ戦成績:1試合出場/0得点0アシスト

 有望株の転落の典型的な例として、ジョゼ・バクスターの名が取り上げられることは多い。6歳でエバートンに入団し、同窓のウェイン・ルーニーよりもポテンシャルを高く評価されたこともあった。2008/09シーズンには16歳191日でクラブ最年少デビュー記録を樹立し、将来を嘱望されていた。

 ところがエバートンではミケル・アルテタやマルアン・フェライニの地位を脅かすことができず、しばらく控えに甘んじて武者修行も経た上で2012年夏に同クラブを退団。イングランド3部のオールダム・アスレチックに移籍し、翌シーズンには同じリーグ内のシェフィールド・ユナイテッドへ赴いた。そこで大きな問題が起きる。

 2015年5月に薬物使用で5ヶ月の出場停止処分を受けたバクスターは、翌年2月にも再びコカインの陽性反応が出たため、2年間の出場停止処分を食らうことになる。その後、現役続行を目指した元逸材に古巣エバートンが救いの手を差し伸べて2017年に再契約のチャンスが与えられる。2017/18シーズンはトップチームで出番なく、1年でエバートンを退団。再び4部相当に降格していた古巣オールダムでプレーしたのち、今季途中までは同4部のプリマス・アーガイルに所属していた。現在は北米MLSの下のカテゴリにあたる、アメリカ2部相当のUSLチャンピオンシップ、メンフィス901で、エバートン時代の大先輩ティム・ハワードとともにプレーしている。

ハキム・マストゥール(元モロッコ代表)
生年月日:1998年6月15日(21歳)
現所属クラブ:レッジーナ(イタリア3部)
今季リーグ戦成績:1試合出場/0得点0アシスト

 かつて超絶テクニックでSNS上を沸かせた天才は、21歳にして忘れられかけた選手となってしまった。2014年5月に15歳で名門ミランのリーグ戦にベンチ入りするなど将来を嘱望され、同年夏に正式なプロ契約を締結。順風満帆かに思われた。

 ところがなかなかトップチームには定着できず、スペインのマラガやオランダのズウォレへの期限付き移籍を経験するも、公式戦ではほとんど出場機会なし。結局2017年夏にミランへ戻り、2018年夏には契約満了にともなって退団。ギリシャのPASラミアに加入することになる。

 しかし、そこでもクラブに無断でイタリアに戻って負傷の治療をするなど奔放さは相変わらず。公式戦の出場機会もほとんどなく、2019年3月、入団から1年経たずに放出される。結局、21歳にしてキャリア2度目の無所属期間を経て同年10月にイタリア3部のレッジーナに拾われた。一時はモロッコ代表で10番も背負った神童は、“元神童”と表される存在になりつつある。

FW

ルク・カスタイニョス
生年月日:1992年9月27日(27歳)
現所属クラブ:慶南FC(韓国2部)
今季リーグ戦成績:0試合出場/0得点0アシスト(未開幕)

 2010/11シーズンに宮市亮とともにプレーし、オランダの強豪フェイエノールトでリーグ戦15得点と台頭し、イタリアの名門インテルに引き抜かれる。これが転落の始まりだった。ほとんど出場機会を得られなかったカスタイニョスは、1年で母国のトゥエンテに売り払われる。

 期待を背負って帰国したはいいものの、技術レベルの低さが露呈し、低調なパフォーマンスも相まって批判の的になってしまう。一応、在籍3シーズン連続でリーグ戦二桁得点を記録してはいるが、フェイエノールト時代のような輝きは失われていた。

 2015/16シーズンには自身初のブンデスリーガに挑戦するも、なかなかチャンスを生かしきれずに1年のみでポルトガル1部のスポルティングCPへ移籍することになる。ただ、そこでも結果を出せずに2年目のシーズンはオランダのフィテッセへ貸し出され、スポルティングCPに復帰した2018/19シーズンも不発。ついに欧州での居場所がなくなった。

 カスタイニョスは2019年2月、当時韓国Kリーグ1(1部)所属だった慶南FCと契約。アジアに進出する。ところが大型補強と期待されたほどの活躍を見せることはできず、負傷なども影響してリーグ戦は19試合出場で3得点にとどまり、チームも2部降格の憂き目に遭ってしまった。今季のリーグ戦はまだ開幕していないが、かつてティエリ・アンリの再来ともてはやされた逸材は、極東アジアの2部リーグで再起を図ることになる。

ジェームズ・ヴォーン(イングランド)
生年月日:1988年7月14日(31歳)
現所属クラブ:トランメア・ローヴァーズ(イングランド3部)
今季リーグ戦成績:8試合出場/3得点0アシスト

 2005年4月10日、エバートンの一員として決めたクリスタル・パレス戦のゴールは16歳270日でのもの。これは当時プレミアリーグの史上最年少得点記録であり、今も破られていない。ただ、同じくエバートンの下部組織で育ったウェイン・ルーニー以上とも評されたストライカーのピークはこの一瞬だった。

 その後はトップチームでの出番の確保に苦しむようになり、何度かレンタルを挟みつつも退団する2011年夏までの7シーズンで出場したエバートンでのリーグ戦は47試合のみ。移籍先のノリッジでも芽が出ずに放出され、ハダースフィールドに加入する。

 新天地ではイングランド2部で2年連続二桁得点なども記録するが、徐々に出番が減っていって2016/17シーズンに同国3部のベリーへ。そこでリーグ戦年間24得点を奪う活躍を披露してサンダーランドへ個人昇格を果たすも、なかなかゴールが増えずにウィガン、ポーツマス、ブラッドフォードを転々とし、今季途中から3部のトランメア・ローヴァーズでプレーしている。プレミア最年少得点記録保持者は才能を開花させることなく下部リーグで流浪のキャリアを送っている。

ケイリソン(ブラジル)
生年月日:1988年12月3日(31歳)
現所属クラブ:なし(2019年1月〜)

 2008年、ケイリソンはブラジル全国選手権1部で21得点を荒稼ぎして母国のコリチバで国内随一のストライカーという評価を確立する。そして2009年のパルメイラス移籍後もハイペースでゴールを量産し、同年夏にバルセロナへ移籍金1500万ユーロ(約18億円)で引き抜かれた。

 とはいえ群雄割拠のトップチームに居場所はなく、即座にベンフィカへと貸し出されることに。ただ、期限付き移籍先のポルトガルでも同様に居場所がなかった。欧州で初めてのリーグ戦は半年間でわずかに5試合、184分間のみの出場となった。

 ベンフィカから戻ったケイリソンは、2010年1月から買い取りオプション付きの期限付き移籍でイタリア1部のフィオレンティーナへ赴く。ところが再び半年で返却されてしまい、同年7月からはブラジルの名門サントスへ期限付き移籍することになった。

 結局、母国でもブレイクした当時の輝きを取り戻せず、クルゼイロ、古巣コリチバとレンタルを繰り返して2014年夏にバルセロナを去ることになる。ついにスペインでは1試合も公式戦出場どころかプレシーズンマッチへの出場すらないまま、コリチバへ完全移籍となった。

 その後のキャリアも悲惨なものだ。2015年末にコリチバを給与未払いで訴えて退団し、ブラジル2部のロンドリーナへ移籍する。2017年1月には当時ポルトガル1部のアロウカと契約して欧州再挑戦を試みるも大失敗に終わり、同年夏にコリチバと再契約を交わした。そして2018年はロンドリーナへ期限付き移籍するも結果を出せず、2019年1月からはついに無所属状態が続いている。バルサが18億円を投資した元逸材ストライカーは、幻のまま終わりに向かうか。

フォーメーション

▽GK
シモーネ・スクフェット

▽DF
ジョン・フラナガン
ブレーノ
マルク・ムニエサ

▽MF
ラヴェル・モリソン
エマヌエル・フリンポン
ジョゼ・バクスター
ハキム・マストゥール

▽FW
ルク・カスタイニョス
ケイリソン
ジェームズ・ヴォーン