フランスW杯

日本代表は初出場となった1998年のフランスワールドカップから数えて6大会連続でワールドカップ本大会に出場している。背番号18を背負った選手たちは、大舞台でどのような活躍を見せたのか。今回はワールドカップで18番を背負った日本代表選手を大会ごとに紹介する。※所属チームは大会前時点、年齢は初戦時点のもの。
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監督:岡田武史
戦績:グループステージ敗退

背番号18:城彰二(横浜マリノス)
生年月日:1975年6月17日(22歳)
個人成績:3試合出場/0得点0アシスト

 鹿児島実業からジェフユナイテッド市原(現千葉)に加入した城彰二は、デビュー戦から4試合連続ゴールを記録して注目を集めた。97年に横浜マリノス(現F・マリノス)に移籍し、「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれたフランスワールドカップアジア最終予選のイラン戦では途中出場から同点ゴールを決めている。日本代表を初のワールドカップ出場へと導いた城は本大会メンバーに選出。落選した三浦知良に代わって中山雅史と2トップで起用された。

 しかし、日本のエースとして長く活躍してきたカズの代役、そして日本代表としても悲願のワールドカップ初舞台でのプレッシャーからか、22歳の城はゴールを決めることができなかった。チームはアルゼンチン、クロアチアに連敗してグループステージ敗退が決定。消化試合となったジャマイカ戦も無得点のまま城はベンチに下がった。中山雅史のゴールで日本代表がワールドカップ初得点をマークしたのは、城が退いた15分後のことだった。

 大会後、城は日本代表の戦犯としてバッシングを受けた。帰国時にファンから水をかけられ、マネージャーの乗る車は放火される被害にあったという。それでも、クラブでの活躍を誓った城は、98年に25得点、翌年も18得点を挙げて自身初の海外移籍を果たした。

 スペインのバジャドリードから半年でマリノスに復帰したが、その後は怪我もあってそれまでの活躍は見せられなかった。フランスワールドカップ後もフィリップ・トルシエ監督に招集されていたが、2001年を最後に代表から遠ざかり、自国開催となった02年のワールドカップ出場は叶わなかった。

●アルゼンチン戦の先発メンバー

▽GK
川口能活

▽DF
中西永輔
井原正巳
秋田豊

▽MF
名良橋晃
山口素弘
名波浩
相馬直樹
中田英寿

▽FW
中山雅史
城彰二

<h2>日韓W杯

監督:フィリップ・トルシエ
戦績:ベスト16

背番号18:小野伸二(フェイエノールト)
生年月日:1979年9月27日(22歳)
個人成績:4試合出場/0得点1アシスト

 1998年に浦和レッズに加入した小野伸二は、フランスワールドカップに出場。翌年にはU-20日本代表をワールドユース準優勝に導いた。01年にFIFAコンフェデレーションズで日本代表の準優勝に貢献すると、オランダへ活躍の場を移す。フェイエノールトでUEFAカップ優勝を成し遂げた直後、母国開催となったワールドカップのメンバーに選出された。

 初戦のベルギー戦に左ウイングバックで先発した小野は、先制された直後に鈴木隆行のつま先ゴールをアシスト。しかし、稲本潤一のゴールでリードを奪った日本代表は、75分に追いつかれた。ワールドカップ初勝利はお預けとなったが、小野の芸術的なロングパスが貴重な勝ち点1へとつながっている。

 ロシアとチュニジアに連勝した日本代表は初の決勝トーナメント進出を決めた。ラウンド16ではトルコと対戦したが、12分に喫した失点を埋められず。日本国内を熱気の渦へと巻きこんだ日本代表はベスト16で姿を消すこととなった。

 小野は左サイドで全4試合に先発した。ゴールこそなかったが、1試合の途中出場に終わった前回大会から4年、ベスト16に進んだ日本代表の中心選手として、躍進に大きく貢献する活躍を見せた。

●ベルギー戦の先発メンバー

▽GK
楢崎正剛

▽DF
松田直樹
森岡隆三
中田浩二

▽MF
明神智和
稲本潤一
戸田和幸
小野伸二
中田英寿

▽FW
鈴木隆行
柳沢敦


<h2>ドイツW杯

監督:ジーコ
戦績:グループステージ敗退

背番号18:小野伸二(浦和レッズ)
生年月日:1979年9月27日(26歳)
個人成績:1試合出場/0得点0アシスト

 ジーコジャパンでも中心選手として活躍を続けた小野だったが、05年6月のアジア最終予選のバーレーン戦前の練習で右足甲を疲労骨折してしまう。10月には手術を行い、復帰と離脱を繰り返した。フェイエノールトで出場機会を失うと、ワールドカップイヤーを迎えた06年1月に浦和レッズへと復帰を決断する。

 浦和でコンディションを取り戻し、3大会連続でワールドカップのメンバーに名を連ねた。初戦のオーストラリア戦で、小野は1点リードの79分に2トップでプレーしていた柳沢敦に代わって出場して中盤に入る。しかし、途中出場のティム・ケーヒルに立て続けにゴールを許し、後半アディショナルタイムに3失点目を献上。チームは屈辱的な逆転負けを喫した。

 第2戦でクロアチアに引き分けた日本代表はブラジル戦で4失点を喫し、1分2敗でグループステージ敗退となった。小野の出場はオーストラリア戦のみで、26歳で迎えた3度目のワールドカップは自身にとってもチームにとっても悔しい結果に終わった。

 大会後はしばらく代表から離れたが、ボーフムでプレーしていた08年8月に2年2か月ぶりとなる代表復帰を果たした。しかし、その後は代表に呼ばれることなく、4度目のワールドカップ出場が実現することはなかった。

●オーストラリア戦の先発メンバー

▽GK
川口能活

▽DF
坪井慶介
宮本恒靖
中澤佑二

▽MF
駒野友一
中田英寿
福西崇史
三都主アレサンドロ
中村俊輔

▽FW
柳沢敦
高原直泰


<h2>南アフリカW杯

監督:岡田武史
戦績:ベスト16

背番号18:本田圭佑(CSKAモスクワ)
生年月日:1986年6月13日(24歳)
個人成績:4試合出場/2得点1アシスト

 オランダのVVVフェンロで2部の年間MVPを獲得して優勝に貢献した本田圭佑。日本代表には08年6月のバーレーン戦で初出場を飾り、09年5月のチリ戦で初ゴール。しかし、日本代表の右サイドには中村俊輔が君臨していたため、本田は控えという立場が続いた。

 ワールドカップイヤーの2010年1月にロシアのCSKAモスクワに移籍すると、UEFAチャンピオンズリーグでFKを決めるなどセンセーショナルな活躍を見せた。ワールドカップメンバーに名を連ねた本田は、大会直前のシステム変更により1トップで起用されることになる。

 本田のゴールから日本代表の躍進は始まった。24歳の誕生日の翌日に行われた初戦、松井大輔のクロスがファーサイドで待ち構えていた本田に渡った。本田はこれを落ち着いてトラップして左足でゴールに流し込んだ。日本代表は待望の得点を守り抜き、コートジボワール戦に勝利した。

 オランダとの第2戦に敗れた日本代表は、グループステージ突破を懸けてデンマーク戦に臨んだ。17分に敵陣右サイドでファールを受けるt、本田の無回転FKは相手GKに弾かれながらもゴールネットを揺らした。

 さらに遠藤のゴールで追加点を奪った日本代表は、1点を返されながらも試合終了間際に1点を追加した。大久保嘉人からのパスを受けた本田はフェイントで相手を抜いてシュート体勢に入る。相手GKが飛び出してこれに対応したが、本田は並走する岡崎にパスを送り、岡崎は無人のゴールにボールを流し入れた。

 ラウンド16のパラグアイ戦に、本田は4試合連続で先発メンバーに名を連ねた。しかし、パラグアイのゴールを最後まで割ることができず、0-0のまま決着はPK戦に委ねられる。日本代表は遠藤保仁と長谷部誠が成功させたが、3人目の駒野友一のキックはクロスバーを叩いてしまう。4人目の本田は成功させたが、5人全員が決めたパラグアイに敗れた。

 本田は南アフリカ大会後に背番号を4へと変更した。ブラジル大会、ロシア大会にも出場し、3大会連続で得点とアシストをマーク。長きにわたって日本代表を支えた本田にとって、南アフリカ大会はその原点ともいえる大会となった。

●デンマーク戦の先発メンバー

▽GK
川島永嗣

▽DF
駒野友一
中澤佑二
田中マルクス闘莉王
長友佑都

▽MF
阿部勇樹
松井大輔
長谷部誠
遠藤保仁
大久保嘉人

▽FW
本田圭佑


<h2>ブラジルW杯

監督:アルベルト・ザッケローニ
戦績:グループステージ敗退

背番号18:大迫勇也(1860ミュンヘン)
生年月日:1990年5月18日(24歳)
個人成績:2試合出場/0得点0アシスト

 13年の東アジアカップで代表デビューを飾った大迫勇也は、続くオーストラリア戦で初ゴールを決め、所属する鹿島アントラーズでも19ゴールを挙げてベストイレブンに輝く活躍を見せた。14年1月にドイツ2部の1860ミュンヘンに移籍して定位置を掴むと、同年に開催されたブラジルワールドカップのメンバーにも選出された。

 グループステージでは初戦と第2戦に1トップとして先発する。しかし、大迫は得点に絡むことができずに後半の早い時間で退いた。1敗1分で迎えたコロンビア戦は大久保嘉人に先発の座を譲り、1-4で敗れた試合をベンチで見届けることとなった。

 ブラジル大会後は代表を外れる時期もあったが、1年半ぶりに招集された16年11月のオマーン戦で2ゴールを挙げると、その後は日本代表の1トップに定着。ロシアワールドカップでは背番号15を背負って2大会連続で選出され、コロンビア戦でゴールを決めて日本代表の決勝トーナメント進出に貢献している。

●コートジボワール戦の先発メンバー

▽GK
川島永嗣

▽DF
内田篤人
森重真人
吉田麻也
長友佑都

▽MF
山口蛍
長谷部誠
岡崎慎司
本田圭佑
香川真司

▽FW
大迫勇也


<h2>ロシアW杯

監督:西野朗
戦績:ベスト16

背番号18:大島僚太(川崎フロンターレ)
生年月日:1993年1月23日(25歳)
個人成績:0試合出場/0得点0アシスト

 静岡学園から川崎フロンターレに進み、16年からは背番号10を背負う大島僚太は、16年のリオデジャネイロ五輪に出場。U-23日本代表はグループステージで敗退したが、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督にそのプレーが認められて、9月に行われたワールドカップアジア最終予選でデビューを飾った。

 しかし、その後は度重なる負傷もあってなかなか代表に定着できず。しかし、ワールドカップを間近に控えた18年4月にハリルホジッチが電撃解任されると、西野朗監督は大島を本大会のメンバーに選出した。

 直前に行われたガーナ戦とスイス戦には先発メンバーに名を連ね、攻撃のタクトを振るった。しかし、スイス戦で腰を負傷したことで立場は一変する。チームは2大会ぶりのベスト16進出を果たしたが、大島はMF登録の選手の中では唯一、出場機会がないまま大会を終えることになった。

●ベルギー戦の先発メンバー

▽GK
川島永嗣

▽DF
酒井宏樹
吉田麻也
昌子源
長友佑都

▽MF
柴崎岳
長谷部誠
原口元気
香川真司
乾貴士

▽FW
大迫勇也

【了】