世界一に輝いたCB

1993年の開幕から28年目を迎えたJリーグでは、数多くの外国籍選手がプレーしてきた。活躍した選手もいる中で、期待を大きく裏切って帰っていった選手も少なくない。今回フットボールチャンネル編集部では、鹿島アントラーズで活躍できなかった外国籍選手を5人紹介する。※年齢は加入時、成績は札幌在籍時のもの。

———–

モーゼル(ブラジル代表)
生年月日:1960年9月19日(34歳)
在籍期間:1995年7月〜96年
Jリーグ成績:17試合出場0得点

 ジーコとともに1981年のリベルタドーレスカップでフラメンゴを初優勝に導いたモーゼルは、リバプールとのトヨタカップを制して世界一に輝いた。その後はポルトガルのベンフィカやフランスのマルセイユでリーグ優勝に貢献するなど、輝かしい経歴を持っている。ブラジル代表にも長年に渡って名を連ねてきたモーゼルは34歳のとき、鹿島アントラーズのテクニカルアドバイザーに就任したジーコに誘われて日本にやってきた。

 1年目は半年で15試合に出場したが、9月30日のベルマーレ平塚戦では7分間で立て続けに2枚のイエローカードをもらうなど、退場処分となることが多く、35歳となったモーゼルのパフォーマンスは全盛期とは程遠かった。翌96年は2試合に出場したのち、ケガを理由に現役を引退している。

●1995年の基本先発メンバー

▽GK
佐藤洋平

▽DF
内藤就行
秋田豊
奥野僚右
相馬直樹

▽MF
ジョルジーニョ
本田泰人
サントス
レオナルド

▽FW
長谷川祥之
黒崎比差支


<h2>W杯3大会出場のブラジル代表FW

ベベット(ブラジル代表)
生年月日:1964年2月16日(36歳)
在籍期間:2000年〜同年5月
Jリーグ成績:8試合出場1得点

 1983年、19歳のときにフラメンゴに移籍したベベットは、同年にイタリアに移籍するジーコの後継者と呼ばれた。フラメンゴではのちに鹿島アントラーズでプレーするアルシンドやジョルジーニョとともにプレーしている。

 ブラジル代表としても活躍し、ロマーリオと2トップを組んでブラジル代表の攻撃の中心となった。1989年のコパ・アメリカ(南米選手権)では6ゴールを決めて得点王に輝いている。1992年にスペインのデポルティーボ・ラ・コルーニャに移籍すると、得点王に輝いてクラブを優勝争いするチームへと押し上げた。

 鹿島にやってきたのは2000年、既に代表を引退していたベベットは36歳になっていた。ワールドカップ3大会出場という実績は当時のJリーガーでは抜きん出ていたが、鹿島をわずか2ヶ月で退団。クラブ史上初の国内3冠を達成したチームとは対照的に、8試合出場1ゴールという寂しい数字を残している。

●2000年の基本先発メンバー

▽GK
高桑大二朗

▽DF
名良橋晃
秋田豊
ファビアーノ
相馬直樹

▽MF
小笠原満男
熊谷浩二
中田浩二
ビスマルク

▽FW
柳沢敦
平瀬智行


<h2>ベルギー2年連続MVP

ダ・シルバ(ブラジル出身)
生年月日:1974年3月5日(29歳)
在籍期間:2003年10月〜同年12月
Jリーグ成績:1試合出場0得点

 2003年4月、鹿島アントラーズはクラウデシールというブラジル人MFを獲得している。189cmの長身ボランチだったが、思うような活躍は見せられず、7月19日のヴィッセル神戸戦で左ひざを負傷。その後は復帰の目処が立たず、10月にブラジルに帰国した。クラウデシールの選手登録を抹消した鹿島は、代役としてダ・シルバを獲得している。

 ロイヤル・アントワープでプレーしたダ・シルバは、2シーズン続けてベルギーリーグの外国人MVPに輝いている。170cmと小柄だが、2シーズン連続でフルタイム出場を果たしたタフなボランチだった。

 しかし、シーズン終盤に突入したJリーグでは活躍することはできなかった。11月8日のガンバ大阪戦で初めてベンチ入りしたダ・シルバは、60分に野沢拓也に代わって初出場を果たしている。しかし、その83分に3人目の交代が告げられてベンチに下がってしまった。途中出場、途中交代という不名誉なデビュー戦以降、ダ・シルバにチャンスが回ってくることはなく、シーズン終了とともにチームを去っている。

●2003年の基本先発メンバー

▽GK
曽ヶ端準

▽DF
名良橋晃
秋田豊
大岩剛
相馬直樹

▽MF
小笠原満男
青木剛
フェルナンド
本山雅志

▽FW
平瀬智行
エウレル


<h2>ローマに大型移籍したブラジル代表FW

ファビオ・ジュニオール(ブラジル代表)
生年月日:1977年11月22日(26歳)
在籍期間:2004年
Jリーグ成績:13試合出場1得点

 クルゼイロでプロキャリアをスタートさせたファビオ・ジュニオールは、1999年に高額な移籍金でローマに移籍している。しかし、イタリアでは結果を残せずにブラジルに帰り、ポルトガルを経て2004年に日本にやってきた。

 ブラジル代表で15試合8ゴールという実績を持つファビオ・ジュニオールは、当時の指揮官だったトニーニョ・セレーゾが獲得を熱望したと言われている。開幕から辛抱強く起用されたがゴールを決められず、6月以降はベンチを外された。名古屋グランパスとの最終節で決めた得点が唯一のゴールとなった。

 期待を大きく裏切ったファビオ・ジュニオールは1年で鹿島を退団。その後はUAE、ドイツ、イスラエルなどでプレーし、ブラジルでキャリアを終えている。

●2004年、開幕戦の先発メンバー

▽GK
曽ヶ端準

▽DF
名良橋晃
金古聖司
大岩剛
新井場徹

▽MF
小笠原満男
熊谷浩二
フェルナンド
本山雅志

▽FW
ファビオ・ジュニオール
深井正樹


<h2>アウトゥオリと世界一に輝いたCB

ファボン(ブラジル出身)
生年月日:1976年6月15日(29歳)
在籍期間:2007年
Jリーグ成績:12試合出場2得点

 2006年に鹿島アントラーズの監督に就任したパウロ・アウトゥオリは、前年にサンパウロを率いてリベルタドーレスカップを制覇。6大陸の王者が集結するフォーマットに変更となったトヨタカップ(FIFAクラブワールドカップ)では欧州王者のリバプールを下して世界一の称号を手にしている。

 その決勝戦にも先発していたセンターバックのファボンは、1年限りで監督を退任したアウトゥオリと入れ違いで鹿島にやってきた。開幕戦から岩政大樹とセンターバックでコンビを組んだが、負傷を繰り返して出場機会を失った。9月1日の川崎フロンターレ戦を最後に出場がなく、ケガの治療のためにリーグ戦終了とともにブラジルに帰国。鹿島とは2年契約を結んでいたが、オフにサントスへの完全移籍が決まり、1年限りで鹿島を去っている。

●2007年、開幕戦の先発メンバー

▽GK
曽ヶ端準

▽DF
内田篤人
岩政大樹
ファボン
新井場徹

▽MF
野沢拓也
青木剛
中後雅喜
ダニーロ

▽FW
柳沢敦
マルキーニョス

【了】