カレカと最強2トップの夢は…

 1993年の開幕から28年目を迎えたJリーグでは、数多くの外国籍選手がプレーしてきた。活躍した選手もいる中で、期待を大きく裏切って帰っていった選手も少なくない。今回フットボールチャンネル編集部では、柏レイソルで活躍できなかった外国籍選手を5人紹介する。※年齢は加入当時のもの

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ミューレル(元ブラジル代表)

生年月日:1966年1月31日(当時29歳)
在籍期間:1995年
J通算成績:11試合出場/5得点

 1986年、1990年、1994年のワールドカップにブラジル代表として出場し、優勝も経験していたウィングで、Jリーグ昇格初年度の柏レイソルの新たなエースとして期待を集めた。同胞のミューレルとの2トップを組んだ試合もあったが、相方が熟練の技で貴重な得点源となった一方、ミューレルは日本のサッカーに馴染めなかった。

 最終的には夫人のホームシックを理由に、Jリーグ第12節・セレッソ大阪戦を最後に柏を退団。ブラジル代表通算56試合出場を誇る名手の日本でのキャリアはわずか3ヶ月で終わりを迎えてしまった。来日当時まだ29歳だったミューレルは柏退団後、イタリアのペルージャやブラジルのパルメイラス、サントス、クルゼイロ、コリンチャンスなど名門で活躍し、2005年に39歳で一度現役を引退。その10年後、なんと49歳でサンパウロ州4部のフェルナンドポリスと短期契約を結び、公式戦にも出場して現役復帰を果たした。

●1995年1stステージ第12節:セレッソ大阪戦の先発メンバー

▽GK
千葉修

▽DF
沢田謙太郎
石川健太郎
渡辺毅
伊達倫夫

▽MF
加藤望
下平隆宏
バウディール
大熊裕司

▽FW
柱谷幸一
ミューレル

Kリーグではレジェンドだが…

サーシャ(セルビア出身)

生年月日:1972年8月28日(当時27歳)
在籍期間:2000年
J1通算成績:2試合出場/0得点

 1999年まで在籍していた元ブラジル代表FWベンチーニョの後を継ぐ得点源として、Kリーグ得点王の肩書きを引っさげて2000年に来日した。しかし、リーグ戦開幕前に疲労骨折が判明して出遅れると、その後もコンディションが上がらなかったうえ、Jリーグのスピードに適応できずトップチームでの出場機会はほとんどなかった。

 サーシャが負傷離脱中は、移籍元の水原三星ブルーウィングスから韓国代表FWパク・ゴナが3ヶ月の期限付き移籍で補充要員としてやってきたが、こちらも目立った活躍を見せられず。結局、サーシャは2000年5月に韓国代表FWファン・ソノンとのトレードで水原三星へ復帰することになった。

 日本ではほとんど活躍できなかったサーシャだが、韓国では“優勝請負人”と言われるほどの功績を残した。釜山大宇(現釜山あいパーク)時代の1997年、水原三星時代の1998年と1999年、城南一和天馬(現城南FC)時代の2001年から2003年など、通算6度のKリーグ制覇を経験している。2002年日韓ワールドカップ直前には韓国への帰化と韓国代表入りが噂されるほどだった。現在はセルビアの古豪ヴォイヴォディナでスポーツディレクターを務めている。

●2000年1stステージ第9節:セレッソ大阪戦の先発メンバー

▽GK
南雄太

▽DF
渡辺毅
ホン・ミョンボ
薩川了洋

▽MF
渡辺光輝
明神智和
萩村滋則
平山智規
砂川誠

▽FW
北嶋秀朗
加藤望

※サーシャは81分から加藤望に代わって途中出場

柏の「ドゥドゥ1号」

ドゥドゥ(元ブラジル代表)

生年月日:1983年4月15日(当時20歳)
在籍期間:2004年
J1通算成績:11試合出場/2得点

 柏にはのちに「ドゥドゥ」という愛称の選手が多く加入するが、「1号」は2004年の彼だ。2003年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)でブラジル代表の優勝に貢献し、得点王と大会MVPに輝いたセントラルMFだった。出場機会こそなかったものの2003年のFIFAコンフェデレーションズカップでブラジルのA代表招集経験も持っており、鳴り物入りで柏にやってきた。

 しかし、日本のサッカーへの適応に苦しんだ。リーグ開幕戦でスタメン起用されたものの、その後は大きなインパクトを残せないまま半年で欧州へ旅立っていった。Jリーグでは11試合出場2得点という成績だった。

 2004年夏からは柏からの期限付き移籍でフランス1部のレンヌに1シーズン在籍し、2005年夏にロシアの強豪CSKAモスクワへ完全移籍となった。柏には数億円の移籍金を残していったという。その後はCSKAモスクワで3年間プレーし、2008年にギリシャの名門オリンピアコスへ。

 ブラジルに戻ってからはアトレチコ・ミネイロやゴイアス、フォルタレーザ、ボタフォゴでもプレーして2018年限りで現役を退いている。2014/15シーズンには欧州再挑戦でギリシャやイスラエルのクラブにも在籍した。ブラジル代表としては2004年から2007年にかけて通算12試合に出場している。

●2004年J1開幕戦:大分トリニータ戦の先発メンバー

▽GK
南雄太

▽DF
渡辺毅
永田充
中澤聡太

▽MF
増田忠俊
明神智和
リカルジーニョ
ドゥドゥ
下平隆宏

▽FW
山下芳輝
玉田圭司

J2では得点を量産していたが…

リカルド・ロボ(ブラジル出身)

生年月日:1984年5月20日(当時27歳)
在籍期間:2012年
J1通算成績:7試合出場/0得点
J2通算成績:92試合出場/31得点
J3通算成績:5試合出場/1得点

 ブラジルの小クラブを渡り歩いてきたストライカーは2010年に来日し、栃木SCのエースとしてゴールを量産していた。そこに目をつけた柏が新エース候補と期待して2012年に引き抜くも、J1では全くと言っていいほど結果を残せず、しまいには指揮官やチームメイトから名指しで批判されるまでに。

 結局は追われるようにして2012年夏にJ2のジェフユナイテッド千葉へと期限付き移籍することとなる。だが、千葉でもノーゴールに終わり、その年限りでブラジルへと帰国した。2014年夏には愛媛FCに加入するも、栃木時代のような躍動感は全くなく半年間でわずか3得点。

 2016年にはJ3に降格していた古巣・栃木にカムバックを果たすも、以前の輝きを取り戻すことはできず。半年間の在籍でわずか5試合出場1得点に終わった。チームもJ2昇格を逃してしまった。35歳になった現在はブラジル全国選手権4部のFCカスカヴェウで現役を続けている。

●2012年J1開幕戦:横浜F・マリノス戦の先発メンバー

▽GK
菅野孝憲

▽DF
酒井宏樹
増嶋竜也
近藤直也
橋本和

▽MF
レアンドロ・ドミンゲス
茨田陽生
大谷秀和
ジョルジ・ワグネル

▽FW
田中順也
リカルド・ロボ

高額な移籍金を支払ったが…

エデルソン(ブラジル出身)

生年月日:1989年3月13日(当時26歳)
在籍期間:2015年〜2016年
J1通算成績:18試合出場/2得点

 2013年にアトレチコ・パラナエンセで21得点を挙げ、ブラジル全国選手権得点王に輝いた実績の持ち主。2014/15シーズンにはUAE1部のアル・ワスルでリーグ戦14得点を記録する活躍を披露し、2015年夏に推定4億円とも言われる移籍金が支払われ、鳴り物入りで柏に加入した。

 吉田達磨監督に冷遇されてヴィッセル神戸へと移籍したレアンドロに代わる新たな得点源としても期待されていた。しかも、初先発となったJ1リーグ戦の2ndステージ第6節・ヴィッセル神戸戦でいきなりゴールを挙げたことで、期待はさらに膨らんだ。

 しかし、テクニックやスピードに秀でる一方で運動量が少なかったことも影響してか、吉田監督や2016年3月から指揮を執った下平隆宏監督からの信頼を掴みきれず出場機会は限定的に。最終的にはJ1リーグ戦で18試合2得点と、高額な移籍金に見合った活躍を見せられないまま2016年夏にヴァスコ・ダ・ガマへの期限付き移籍という形でブラジルへ帰国した。

 アル・ワスルからの加入時に長期契約を結んでいた影響か、2017年夏のアトレチコ・パラナエンセ移籍や2018年夏のフォルタレーザへの移籍は、すべて柏からの「期限付き移籍」と発表されていた。現在はフォルタレーザへの完全移籍に切り替わっているようだ。

 Jリーグ主管試合では例外なき場合50番までの着用しか認められていないため、背番号「11」が与えられていたが、AFCチャンピオンズリーグではエデルソン自身のこだわりから「11」ではなく「77」を着けていたことでも知られる。国内リーグ戦と国際大会で背番号が異なる珍しい選手だった。

●2015年J1・2ndステージ第6節:ヴィッセル神戸戦の先発メンバー

▽GK
菅野孝憲

▽DF
キム・チャンス
鈴木大輔
エドゥアルド
輪湖直樹

▽MF
大谷秀和
秋野央樹
小林祐介

▽FW
クリスティアーノ
工藤壮人
エデルソン