フランスW杯

日本代表は初出場から6大会連続でワールドカップ本大会に出場している。その間、川口能活、楢崎正剛、川島永嗣といったGKたちが日本代表のゴールマウスを守ってきた。今回は、1998年のフランス大会からロシア大会まで、ワールドカップでプレーしたGKを紹介する。※所属チームは大会前時点、年齢は初戦時点のもの。
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監督:岡田武史
戦績:グループステージ敗退

背番号20:川口能活(横浜マリノス)
生年月日:1975年8月15日(22歳)
個人成績:3試合出場/4失点

 清水商業で1年生のときからレギュラーを務め、全国高校サッカー選手権でも活躍した川口能活は、日本代表で正GKを務める松永成立がいる横浜マリノスに加入した。ルーキーイヤーは出場機会がなかったが、95年に監督に就任したホルヘ・ソラリは2年目の川口を抜擢。初出場となった第11節から全試合に出場した川口はこの年、マリノスを初優勝に導いている。

 20歳で出場したアトランタ五輪からわずか7か月後、97年2月に行われたキングスカップで川口はA代表デビューを飾っている。その後は日本代表の正GKを務め、アジア予選でも活躍。日本代表はイランとの第3代表決定戦を制してフランスワールドカップ出場権を獲得した。

 1学年下の楢崎正剛は、川口のデビューからちょうど1年後にA代表で初めて出場している。ワールドカップには正GKの川口、22歳の楢崎に加えて、32歳の小島伸幸が選出された。

 本大会では川口が全試合でゴールマウスを守った。アルゼンチン戦は28分に失点。相手のパスをカットしたが、ボールが相手に渡ってしまった。川口は素早い飛び出しを見せたが、ガブリエウ・バティストゥータが冷静なチップキックでゴールネットを揺らした。川口はファインセーブを連発したが、0-1で初戦を落とした。

 第2戦は試合終盤までクロアチアを無失点に抑えたが、77分にゴール前でダボール・シューケルをフリーにしてしまう。左サイドからのクロスを対しトラップから左足で決められ、日本代表は連敗を喫した。

 日本代表は連敗でグループステージ敗退が決まっている。第3戦はジャマイカに2失点を許した。その後、中山雅史がワールドカップ初得点を決めたが、反撃もそこまで。初のワールドカップで日本代表は勝ち点を奪うことができなかった。

●アルゼンチン戦の先発メンバー

▽GK
川口能活

▽DF
中西永輔
井原正巳
秋田豊

▽MF
名良橋晃
山口素弘
名波浩
相馬直樹
中田英寿

▽FW
中山雅史
城彰二


<h2>日韓W杯

監督:フィリップ・トルシエ
戦績:ベスト16

背番号12:楢崎正剛(名古屋グランパス)
生年月日:1976年4月15日(26歳)
個人成績:4試合出場/3失点

 フィリップ・トルシエ監督は就任当初から楢崎正剛を起用した。対照的に川口は出場機会を減らし、2000年のシドニー五輪には楢崎がオーバーエイジで出場している。

 楢崎はシドニー五輪の準々決勝・米国戦で中澤佑二と激突して顔面を強打。PK戦までもつれた試合の最後までプレーしたものの、眼窩底を骨折していた。すると、3週間後のアジアカップで出番が回ってきた川口が躍動する。サウジアラビアとの決勝ではファインセーブを連発し、日本代表を優勝に導いた。

 川口は01年のコンフェデレーションズカップにも5試合中4試合でプレーして準優勝に貢献した。しかし、10月に移籍したプレミアリーグのポーツマスでは出場機会を得られず、代表では楢崎に出番を譲った。2度目のワールドカップでは、楢崎が4試合すべてでゴールマウスを守っている。

 日本代表はトルコ戦に敗れてベスト16で敗退したが、グループステージのロシア戦とチュニジア戦ではクリーンシート(無失点)を達成した。トルシエジャパンの代名詞ともいえるフラット3を後方から操った楢崎は、4試合を3失点に抑える活躍で初の決勝トーナメント進出に貢献している。

●ロシア戦の先発メンバー

▽GK
楢崎正剛

▽DF
松田直樹
宮本恒靖
中田浩二

▽MF
明神智和
稲本潤一
戸田和幸
小野伸二
中田英寿

▽FW
鈴木隆行
柳沢敦


<h2>ドイツW杯

監督:ジーコ
戦績:グループステージ敗退

背番号23:川口能活(ジュビロ磐田)
生年月日:1975年8月15日(30歳)
個人成績:3試合出場/7失点

 楢崎正剛はジーコジャパンでも正GKを務め、2003年の東アジアカップ3試合すべてを無失点に抑えて最優秀GKに輝いた。しかし、04年のアジアカップでは楢崎が負傷で控えに回ると、代役を務めた川口能活が活躍。準々決勝のヨルダン戦では神がかり的なPKセーブを連発し、日本代表の優勝に貢献した。

 デンマークのノアシェランで定位置を確保できなかった川口は、05年4月にジュビロ磐田に移籍した。磐田でトップフォームを取り戻し、ジーコジャパンの正GKとしてドイツワールドカップに臨んでいる。

 日本代表は初戦のオーストラリア戦で先制点を奪ったが、10分足らずで3失点を喫して逆転負け。第2戦では前半のPKを川口が見事な反応で弾き出して窮地を救い、クロアチアを無失点に抑えたが、スコアレスで90分を終えた。

 わずかな望みを懸けて戦ったブラジル戦は玉田圭司のゴールで先制に成功するも、そこから4失点を喫して力の差を見せつけられた。日本代表は2試合で先制しながら勝てず、後半だけで6失点を喫している。大会7失点は1試合平均では日本代表史上最も多い数字だった。

●ブラジル戦の先発メンバー

▽GK
川口能活

▽DF
加地亮
坪井慶介
中澤佑二
三都主アレサンドロ

▽MF
中村俊輔
中田英寿
稲本潤一
小笠原満男

▽FW
巻誠一郎
玉田圭司

南アフリカW杯

監督:岡田武史
戦績:ベスト16

背番号21:川島永嗣(川崎フロンターレ)
生年月日:1983年3月20日(27歳)
個人成績:4試合出場/2失点

 ドイツワールドカップ後に監督に就任したイビチャ・オシムは、川口能活を正GKに据えている。楢崎正剛は代表から外れる時期もあり、オシムジャパンでプレーしたのはわずか1試合だけだった。

 しかし、監督交代によって守護神争いの風向きが変化する。08年3月のバーレーン戦で川口のキャッチミスから失点。これをきっかけに楢崎が固定されたが、08年11月に左足関節靱帯損傷と左腓骨筋腱脱臼の大ケガを負ってしまう。さらに川口も翌年1月の代表期間中に太ももを痛めて離脱。長年に渡って日本代表のゴールマウスを守ってきた2人が不在という事態に陥った。

 日本代表の窮地に川崎フロンターレでプレーする川島永嗣がチャンスを掴んだ。09年3月のバーレーン戦で復帰した楢崎はワールドカップ予選で起用されたが、アジアカップ予選や親善試合では川島に出場機会が与えられた。

 楢崎が正GKに返り咲いた一方で、長年のライバルは苦しんでいた。09年1月の負傷から復帰後に代表落選を経験し、9月には右脛骨骨幹部を骨折。全治6か月の大ケガを負い、4度目のワールドカップ選出は絶望的と見られた。

 ワールドカップまでに復帰することはできなかった川口を、岡田武史監督は第3GKとしてサプライズ選出している。さらに、イングランド戦でテストされた川島はフランク・ランパードのPKをストップし、その後も好セーブを連発した。

 大会前に不振に陥った日本代表は戦術の変更を決断する。GKには楢崎に代えて川島を起用し、ゲームキャプテンは中澤佑二から長谷部誠に変更。川口がチームキャプテンとしてチームを支えることになった。

 全試合に出場した川島は日本代表のベスト16入りに貢献している。デンマーク戦の失点はPKによるもので、流れの中から失点したのはオランダのウェスレイ・スナイデルのミドルシュートだけ。ワールドカップ初出場となった川島は、日本代表の堅守を支えた。

●デンマーク戦の先発メンバー

▽GK
川島永嗣

▽DF
駒野友一
中澤佑二
田中マルクス闘莉王
長友佑都

▽MF
阿部勇樹
松井大輔
長谷部誠
遠藤保仁
大久保嘉人

▽FW
本田圭佑

<h2>ブラジルW杯

監督:アルベルト・ザッケローニ
戦績:グループステージ敗退

背番号1:川島永嗣(スタンダール)
生年月日:1983年3月20日(31歳)
個人成績:3試合出場/6失点

 南アフリカワールドカップで大活躍を見せた川島永嗣は、大会後にベルギーのリールセに完全移籍している。10年9月に行われたグアテマラ戦で楢崎正剛が代表引退を表明し、川島永嗣が正GKとして起用される時期が続いた。

 11年のアジアカップではシリア戦に退場処分を受けてしまうが、準決勝・韓国戦で2本のPKをストップする活躍を見せた。決勝でも延長を含めた120分で失点を許さず、日本代表を優勝へと導いている。

 アジア予選でもほとんどの試合で川島がゴールマウスを守り、日本代表は5大会連続となるワールドカップへの切符を掴んだ。川島は12年夏に移籍したスタンダール・リエージュでも正GKの座を守っている。

 日本代表は初戦でコートジボワールと対戦。本田圭佑のゴールで先制したが、立て続けに2失点を喫して敗れている。続くギリシャ戦では前半のうちに10人になった相手を最後まで崩せずに引き分け。コロンビアには力の差を見せつけられ、1-4で敗れた。川島は3試合すべてに出場したが、6失点と崩れたディフェンスを救うことはできなかった。

●コートジボワール戦の先発メンバー

▽GK
川島永嗣

▽DF
内田篤人
森重真人
吉田麻也
長友佑都

▽MF
山口蛍
長谷部誠
岡崎慎司
本田圭佑
香川真司

▽FW
大迫勇也

<h2>ロシアW杯

監督:西野朗
戦績:ベスト16

背番号1:川島永嗣(メス)
生年月日:1983年3月20日(35歳)
個人成績:4試合出場/7失点

 ハビエル・アギーレ監督の下でもGKの序列は変わらず、アジアカップでも川島永嗣がゴールマウスを守った。しかし、所属するスタンダール・リエージュでは出場機会を失い、14/15シーズン限りで退団。チームが決まらない時期が続いたおよそ半年間は代表からも遠ざかった。

 川島は15年12月、スコットランドのダンディー・ユナイテッドへ加入したが、それ以降も日本代表では西川周作が正GKとしてプレーした。しかし、17年3月のアジア予選で10か月ぶりの出場を果たした川島が、再び正GKの座を奪っている。

 ワールドカップ初戦は嫌な形でFKから失点を喫したが、10人となったコロンビアを相手に勝利を掴んだ。しかし、セネガル戦の10分、川島がシュートを弾いたところをサディオ・マネに拾われて痛恨の失点を喫してしまう。試合は乾貴士と本田圭佑のゴールで引き分けに持ち込んだものの、川島のプレーには批判が集まった。

 グループステージ突破を懸けて戦うポーランド戦の前日会見で西野朗監督はあえて前日会見に川島を出席させた。さらに、試合ではキャプテンマークを託して信頼を強調。川島は好プレーを連発した。試合は59分に失点を許して敗れたが、フェアプレーポイントの差でセネガルを上回り、2大会ぶりの決勝トーナメント進出を決めている。

 ベルギーとのラウンド16は2点を先行したが、悔いの残る逆転負けを喫した。ゴール前に入れたヤン・フェルトンゲンのヘディングは川島の頭上を越えてそのままゴールに吸い込まれ、マルアン・フェライニのヘディングで同点に追いつかれた。日本代表は後半アディショナルタイムにCKのチャンスを得たが、これがGKにキャッチされると、ロングカウンターから3点目を許している。3度目のベスト8の挑戦はまたしても失敗に終わった。

●ベルギー戦の先発メンバー

▽GK
川島永嗣

▽DF
酒井宏樹
吉田麻也
昌子源
長友佑都

▽MF
柴崎岳
長谷部誠
原口元気
香川真司
乾貴士

▽FW
大迫勇也

【了】