119番から病院到着までは、この20年で15分遅くなった

119番から病院到着までは、この20年で15分遅くなった

突然、妻が苦しみを訴え、意識を失った。いびきをかき出した。すぐに119番に電話をかけ、住所を告げる。5分ほどでサイレンが聞こえた。救急隊が駆けつけ、妻に声をかける。が、反応がない。救急車に乗せ、バイタルをチェックする。自分と子供も一緒に乗り込む。

だが、病院に向かうはずの救急車はなぜかその場を動こうとしない。運転席から緊迫した声が聞こえる。10分、20分と時間だけが経過していく。一刻を争う緊急時に、一体何をしているのか。

実はこの時、救急隊は患者を受け入れる医療機関を探しているのだ。

「受け入れ先は、救急隊が一軒一軒病院に電話をして探します。現場で応急処置と聞き取りを行った結果、心臓疾患が疑われるならこの病院、脳卒中ならこの病院ーと、ある程度のアタリを付けて電話をし、病状を説明して受け入れを要請しますが、医師の手が塞がっていたり、不在だったり、病床に空きがないなどの理由で断られることが多い。つまり、”時間をかけて説明した上で断られる”という徒労を繰り返すうちに、救急車の現場滞在時間は長引いていくのです」とバーズ・ビューCEO、夏井淳一は説明する。

2015年の119番通報から病院搬送までの平均所要時間は「39.4分」。実は、1995年の「24.2分」と比べて15分も遅くなっている。最大の理由は、受け入れ先の照会に手間取るようになったこと。

医療機関の側にも事情はある。現在の年間の救急出動件数は約600万件。20年前に比べ、およそ2倍に増えている。高齢化を背景にした救急医療へのニーズの高まりに対して、受け入れ側の施設の整備やマンパワーの補充は簡単には追いつかない。この需給のアンバランスが、今すぐにでも発進したい救急車にブレーキをかけているのだ。

「突然死」を減らすために

「日本で1年間の心臓突然死(発症から24時間以内に死亡する)の件数を知っていますか。約7万5000人です。自殺者の2万5000人、交通事故死の4000人と比べてもその数の大きさに驚くはずだし、まぎれもなく社会問題です。これを何とかしたかった」と夏井は言う。

あと30分、いや、5分治療が早ければ、助かったかもしれない命がある。この生命に直結する深刻な社会問題の解消に向けて、バーズ・ビューが開発した「e-MATCH(救急医療管制支援システム)」の運用が、国内のいくつかの地域で始まっている。どんなシステムなのか。

「一言でいえば、救急隊と病院のマッチングの最適化。地域のすべての救急医療機関と救急隊を一つのネットワークで結び、病院と患者の情報をリアルタイムで共有することで、最短時間で、治療が必要な患者を、治療可能な施設へ運ぶサポートをする仕組みです」

対象地域内のすべての救急車にタブレット端末を置き、救急隊員は、現場で得られた患者情報を入力する。その情報はクラウドを経由して瞬時に救急隊が選択した医療機関に送られる。

一方の病院側は、事前に担当医の診療科や専門領域、また現場繁忙状況などを端末に入力しておく。救急隊の端末にはその時点で、その患者に対応し得る医療機関の一覧が、”現場からの距離が近い順”に表示される。救急隊はその「優先順位」に従って電話をかけて受け入れを要請すればいい。画面に表示される医療機関は基本ステータスが「受け入れ可能」なので、効率的なマッチングが可能となる。

e-MATCHの利点はそれだけではない。患者の症状やバイタルなどの詳細な情報が救急隊員の入力と同時に病院側に共有できるので、受け入れる病院は患者が到着する前に必要な検査や機材の準備ができる。「搬送まで」と「到着後」の双方で時間短縮に役立つのだ。

2010年に官民共同でe-MATCHの開発を決め、12年に導入したのは、当時、搬送時間や照会回数が全国平均を大幅に下回っていた奈良県。県内全消防本部と全救急車両128台、救急患者受入病院57施設および救命救急センター3施設に端末を配備し、全県での運用を開始した。

e-MATCH導入から半年間で、奈良県では全出動件数に占める重症外傷で現場滞在時間が30分を超える事例の割合が25.3%から15.2%と、約10ポイントの改善が見られた。医療機関への照会回数が4回を超えていた件数も、15.4%から9.7%へと5.7ポイント改善した。

現在、奈良県に隣接する三重県津市、伊賀市、名張市、千葉県千葉市、福島県北部地域で導入されている。昨年11月に運用を開始した福島県で、e-MATCH導入の旗振り役となった福島県立医科大学災害医療部長の島田二郎医師はいう。

「福島県は心筋梗塞の死亡率が男女ともに全国1位で、この改善は喫緊の課題。これに”根拠をもって取り組める手段”としてe-MATCH導入を働きかけました」

不名誉な記録が後押しした形ではあるが、それによって地域住民の安心につながるのなら、その取り組みは評価される。今後の全国展開に期待がかかる。

救急隊員の中には、自分が電話した時に少しでも優先的に患者を受け入れてもらえるよう、休みの日に医師や病院関係者と酒を飲み、個人的なつながりを深めようとする人もいると聞く。

「そうした努力には頭が下がりますが、救急医療が個人的なつながりに依存するのは、本来あってはならないこと。医師と救急隊員が初対面であっても、経験が浅い救急隊員であっても、スムーズな患者の受け入れを実現させるには、医療機関と救急患者の双方での情報の可視化が不可欠なのです」

今後は12誘導心電図伝送システムとの連動や、音声認識による情報入力の搭載など機能の充実を進め、将来的にはこのシステムに蓄積されたデータを様々な疫学調査と結び付けた研究にも役立てたいと夏井は考えている。

「若い優秀な医師が、一人でも多く、夢をもって救急医療の現場を目指すようになるための環境づくりに役立てたい」

バーズ・ビューは地域の救急医療を俯瞰し、住民の命と情報をつないでいく。

夏井淳一◎山形大学大学院工学研究科修了。医療機器メーカーのエンジニアとして、急性期医療ICTシステムの開発に携わる。2010年よりe-MATCH開発メンバーに参加。12年、e-MATCHの継続的開発および普及を目的に共同創業。16年CEOに就任。

Forbes JAPAN 編集部

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