空気環境も選ぶ時代に「小さな大企業」がつくった世界基準の装置

空気環境も選ぶ時代に「小さな大企業」がつくった世界基準の装置

今年、Forbes JAPANが主催した「スモール・ジャイアンツ」大賞。キラリと光る「小さな大企業」を選ぶ選考過程において、大分県大分市に本社を置くエネフォレストは「CUTTING EDGE」部門(最先端技術)で高得点をマークした。

評価の対象は、空気感染対策の世界基準を日本で唯一クリアした同社開発の紫外線殺菌照射(UVGI)装置「エアロシールド」。室内の空気中に浮遊する細菌やウイルスを紫外線によって殺菌し、菌の少ない空気環境を維持するための製品だ。

このユニークな製品を生み出したのは、いったいどんな会社なのか。東京・秋葉原にある雑居ビルの4階を訪ねると、代表取締役の木原寿彦が入り口のドアを開けた。

「ここが東京事務所です」

事務所から出てきた木原はそのまま事務所の外に立ち、一向に我々を中に入れる気配がない。不思議に思って外から中を覗き込むと、パーティションで区切られた4畳半ほどの空間には小さなテーブルと椅子しかなかった。机上には、ケーブルもつながれていない真新しい複合機が1台置かれているだけだ。

聞けば、オープン間もない東京事務所にいるのは木原ただ一人。この空間は同社の「エアロシールド」を扱う販売店の一角を間借りしているのだという。

世間の注目とは裏腹に、あまりにも小さな事務所。記者は木原に促されるまま、同じフロアにある他社との共用会議室に座って話を聞いた。

「こちらのほうが事務所よりも広いんですよね(笑)。今は仕事で東京と大分を行ったり来たりしていますが、できれば人が多すぎる東京には住みたくない。東京での商談の合間には喫茶店にも行きますが、『空気が悪いなぁ』とよく思うんです。もし、『空気のミシュラン』で『三つ星』の店があれば、そこに行きたい。できれば、エアロシールドを設置してくれるようなお店に」

木原は柔らかい表情でそう語るが、冗談めかした雰囲気はない。おそらく木原は本気でそう思っている。

空気環境も選ぶ時代

今から10年前。大学卒業後にコンビニ業界大手のセブン・イレブン・ジャパンに勤めていた木原寿彦は、3年間勤務した後に同社を退職した。実父の木原倫文が2006年に立ち上げた会社シールドテック(現在のエネフォレスト)に営業・経理担当として呼ばれたからだ。

そもそもエアロシールドの開発を始めたのは、電気技術者の倫文だった。きっかけは倫文の父、つまり寿彦の祖父が高齢者施設に入所したことだ。

「祖父が施設に入所して間もなく、施設では肺炎で亡くなる人が続いたんです。そこで施設内の空気を測定したところ、肺炎を引き起こす浮遊菌が予想以上に多く検出されました。抵抗力が弱っている高齢者の場合、環境からの菌を吸いこむと肺炎を発症して重篤化し、ひどい場合には死に至ります。空気環境の問題を改善すれば救える命がある。そう確信して開発を加速させました」

製品は間もなく完成したものの、独自の販路がないため営業成績は大苦戦。父・倫文は、寿彦が新たな販売ルートを開拓することを期待して呼び寄せた。

寿彦が当時を思い出しながら、こう語る。

「僕がコンビニ業界にいた当時、まだ消費者には『お金を出して水を買う』という意識は薄かったんです。それが今ではコンビニの冷蔵ケースの一面が水で展開される時代になっています。昔は考えられなかったことも、時代とともに『常識』になる。それと同じように、これからは安心できる空気環境に対価を払う時代、空気環境を選ぶ時代が来ると思ったんです」


4月25日、Forbes JAPANスモール・ジャイアンツアワード授賞式に出展されたエアロシールド(photo by Ran Iwasawa)

エアロシールドのサイズはティッシュボックスほどの大きさで、重さは約3kg。室内の高さ2.1m以上の壁面や天井に設置し、紫外線を水平に照射することで室内上部に紫外線の層を形成する。室内の空気は自然対流するため、空気中を浮遊する細菌・真菌・ウィルスを紫外線の層が殺菌し続ける仕組みだ。

「紫外線は人間が長時間浴びると人体に悪影響を及ぼしますが、エアロシールドは特殊なルーバー(仕切り板)構造によって下方照射を防いでいます。そのため室内に人がいても害を与えることなく、24時間・365日稼働できます」

配管の必要もなく、人の耳に聞こえる動作音もない。家庭用の100V電源で設置できるため、既存の建物への後付導入も容易だ。電気代は24時間稼働で1日7.6円。殺菌能力と安全性を両立できる技術で、国内に類似製品はない。

エアロシールドは米国政府の感染症対策機関であるCDC(米国疾病対策センター)が作成する空気感染対策のガイドラインに、日本メーカーの装置としては唯一、各種測定データとともに掲載された(掲載当時の名称は「エアシールド」)。

また、社団法人日本工業技術振興協会の技術評価情報センター(CTA)による技術評価でも、「競合他種の殺菌装置に比較してきわめて大きな優位性を発揮するものと考えられる」という高い評価を受けている。

最初の半年間、1台も売れず

2016年、エアロシールドは九州ヘルスケア産業推進協議会が行う第三回『ヘルスケア産業づくり』貢献大賞の大賞を受賞するなど、徐々に認知度を高めてきた。しかし、ここに至るまでには苦難の歴史があった。

「僕がエネフォレストの営業職として転職してからの半年以上、エアロシールドは1台も売れませんでした。銀行だけでなく父親の電気工事会社からも数百万単位で借金をしていたので、その間は苦しくて死ぬ思いでしたね。よくドラマで『社長が自分に生命保険をかけて会社の資金繰りをしていく』というシチュエーションがあるでしょう? あれを本気で考えました」
 
当時は空気感染対策についての社会的な認知度も低かった。そのため電話での営業は怪しまれて相手にされず、アポイントが1件も取れない。木原は丹念に介護施設を訪ね歩き、アポなしの飛び込み営業をかけ続けた。

門前払いは日常茶飯事。なんとか話を聞いてもらえても、すでに市場に出回っていた空気清浄機と比較されて「高すぎる」と断られた。

「空気清浄機は『空気をきれいにする』と消費者に思われていますが、その定義は明確ではありません。エアロシールドの場合、第三者研究機関の実証試験によって、『7時間の稼働で浮遊菌の約9割を殺菌できる』との結果を得ています。メーカーによっては試験を小さな試験用ボックスで行っていますが、エアロシールドの場合は実際に人が生活する広さの空間で行います。出力口付近のデータで見ると、細菌やウイルスは10秒、カビは5分で死滅します」

それでも木原の前には「世間の常識の壁」が立ちはだかった。その壁を打ち破って製品を売るためにはどうすればいいかを木原は真剣に考えた。

大企業の看板はない。まずは自分自身が初対面で信用してもらえなければ次はない。木原は短時間でお客様のためになる製品だと理解してもらうためのプレゼンテーション技術を試行錯誤しながら進化させていった。

最初に買ってくれたのは介護施設

最初にエアロシールドを買ってくれたのは、介護施設だ。施設のスタッフ、施設の利用者、施設の経営陣にとってのメリットを熱心に話す木原の姿に、施設の経営者が心を動かされたのだ。

「何回も通った末に、ようやく『君がそこまで言うんだったらやってみよう』と言って1台買ってくれたんです。大切な人のため、お客様のため、社会のためという『利他』の気持ちが強くなってからは、周りに応援者や紹介者が増えていきました。この時期の苦労が、今の自分の財産になっています」

エアロシールドのこれまでの導入実績は、大学病院、産婦人科、小児科、歯科医院、介護施設、こども園、コールセンター、社員食堂、菓子工場などを中心に約2000台を超えた。導入した介護施設やこども園からは「インフルエンザ感染者ゼロが3年続いている」「園児、職員の欠席者が明らかに減った」などの喜びの声が届いている。

電車や飛行機、バス、タクシーなど不特定多数の出入りがある空間は感染症を媒介する場所になりうるため、今後は交通インフラや災害時の避難所にも市場を広げていきたいと木原は言う。

「世界の紛争地や大規模災害時の避難所などでは、安心できる空気環境が担保されていません。避難で体力的にも精神的にも疲弊している時に、感染症のリスクはより高くなる。そうした環境を少しでも改善する力になりたい」

空気環境を選ぶことが「常識」になれば、市場規模は爆発的に拡大する。私たちは今、「新たな常識」の始まりを見ているのかもしれない。

畠山 理仁


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