最近は何か事件があると、すぐスマホで撮影した動画がSNSなどにアップされますよね。現場の生々しい状況を伝えられるため、ニュース番組でも使われることがありますが、時にはそれが裏目に出ることもあります。今回はスマホの動画撮影で驚くべき体験をした私の知人Mさんから話を聞きました。

電車で急病人発生

Mさんは当時、現役の看護師としてバリバリ働いていました。

ある日Mさんは用事があって少し遠出することになり、特急電車に乗ることに。
「あれ、あの人……」
ふとMさんが向かいの席に目をやると、苦し気に胸のあたりを押さえた男性がいました。

職業柄気になって様子を見ていると、どうやらその男性は持病があるらしく、カバンにヘルプマークがついているのが見えました。

「あの、大丈夫ですか?」
「は、はいっ!」
Mさんが声をかけると、その男性は胸を押さえたまま床に倒れ込んでしまったのです。

あいにく電車は停車駅を発車したばかりで、次の停車駅まではかなり時間がかかります。
「急病人です! 誰か車掌さんに伝えてください!」
Mさんは男性をあおむけに寝かせて気道を確保し、周りの人に向かってそう叫びました。

信じられない対応

男性の介抱をするMさんの近くに、わらわらと人が集まってきます。
「あなた、早く車掌さんを!」

Mさんが近くにいた若者に声をかけると、その若者はMさんに向かってスマホを向け、信じられない一言を口にしたのです。

「あー、今動画撮ってるんで無理っす」
「はあ!? 一刻を争う状況かもしれないのよ、早くして!」
Mさんは若者を怒鳴りつけながら周囲を見回してはっとしました。

「なんでみんな撮影してるの……」
なんとMさんを囲んでいる若者たちは皆、男性に応急処置をほどこすMさんの姿を「スゲー」「お客様の中にお医者様は、ってやつじゃん」と言いながらスマホで撮影していたのです。

なんとか助かったものの……

「こんな時にのんびり撮影してんじゃねえ!」
ふいに男性の大声が響き、ひとりの中年男性が車掌室に向かって走り出しました。

その男性のおかげで電車は一番近くの駅に停車することになり、急病人の男性は救急車で搬送されました。

後日Mさんのもとに駅員さんから連絡があり、急病人の男性はMさんの適切な処置のおかげで一命をとりとめたとのことです。

Mさんはそれを聞いて安心しましたが、ふと気になってSNSでその日の動画がアップされていないか検索してみました。

「ああ、やっぱり……」
Mさんや男性の顔こそ映っていないものの、倒れた男性を介抱し、Mさんが若者を怒鳴りつけているところを映された動画が拡散されていました。

せめてもの救いは、その動画をアップした人へのコメントが「撮ってないで助けろ」「早く車掌呼べよ」という意見で大炎上していたことです。

Mさんはそのアカウントの主に動画を削除して欲しいことと、非常事態にはスマホで撮影するより力を貸して欲しいということを綴ったDMを送りました。

そして数日後にそのアカウントを確認しようとしたところ、アカウントごと削除されていたそうです。

何か理由があったのかもしれませんが、人の命より大切な動画などありません。非常事態に居合わせたら、撮影よりもまず協力するのが当然ですよね。

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:齋藤緑子