久しぶりに見た。そして買った。昨日、京浜東北線・赤羽駅のホームの売店、品薄状態のマスクである。いまプロ野球の取材には検温、消毒、マスク着用が必須。手持ちの在庫が残り少なくなっていたのでありがたい。

 開幕は延期された。依然として練習試合という無観客試合が続く。打球音のすごさ、投手の投げたボールがミットに収まったときのパーンという音…。最初は新鮮だったが、何か欠けている。ファンの存在だ。大歓声、どよめき、時にはため息…。ソレがないのは何とも寂しい。大切なピースが欠けている気がした。

 新聞に載っていた王貞治ソフトバンク球団会長の言葉が象徴していた。

 「ホームラン(のボール)がコロコロと(無人スタンドの)席を転がるのはむなしいよね。早く(いつ開幕か)決まるといいよね」

 いままで当たり前にあったことが当たり前でなくなり、誰もが改めて当たり前であった“ファンの存在”の大切さをかみしめているに違いない。

 そういえば開幕延期が決まった3月上旬、巨人・原辰徳監督はこう話していた。

 「希望をいうならファンとともに球春到来という形でスタートを切りたい。それがいつになるのか。一番避けたいのは無理して無観客という形だよ。それに映像だけ見せればいいやってものじゃない。心底そう思う」。現役時代からスター街道を歩いてきた男は「ファンあっての僕らなんだ。それは絶対に忘れてはいけない」が口癖である。

 相撲界は「神事」を理由に無観客で興行した。テレビ中継を見たが、どこか味気なさがあった。千秋楽の視聴率は12・3%、先場所のソレに比べ8・4ポイント落ち、平均視聴率も低迷(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。賛否両論あるが、数字は正直である。

 いま球界は4月24日の開幕を目指しているというが、さらに延期になってもファン・ファーストの姿勢だという。それは正解であろう。(産経新聞特別記者・清水満)