高校卒業間際に、ある舞台を観たことがきっかけで、役者の道を歩み始めた市村正親さん。ミュージカルを中心に活躍、順風満帆に見えるキャリアですが、いくつかのピンチも経験し──。今年4月、浅利慶太さんや蜷川幸雄さんとの思い出から、妻・篠原涼子さんとの出会い、プライベートの生活まで語った記事を配信します。(構成=平林理恵 撮影=川上尚見)

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次の世代に向けてヒントを残したい

舞台って不思議なものでね、人生を長く生きれば生きるほどおもしろくなってくる。芝居をする側にしてもそうだし、観る側にしてもそう。舞台の上では生身の人間が役を生きていて、そこで起こることはその日その1回だけ。そこにしか存在しえない世界を味わいに来てほしいし、自分でも味わい尽くしたいと思っています。

ただ、その一方で思うのは、これまで演じてきた役と、いつかはサヨナラしなくてはならないんだろうなあということ。たとえば初演から28年続けてきた『ミス・サイゴン』のエンジニア役だって、いつかは最後が来る。これからはそういうことが徐々に現実になっていくんだろうなあ、と考えたとき、僕のこれまでの役者人生を一冊の本にまとめられたらいいなと思うようになりました。

劇団四季の浅利慶太さんや演出家の蜷川幸雄さんをはじめ、多くの人に育てられて今の僕があります。でも、浅利さんも蜷川さんもいなくなっちゃって、僕の手元には彼らからいただいたたくさんの勉強材料が残った。役柄や自分の人生を生きていくうえでヒントになることを、次の世代に少しでも受け継いでもらえないかな、と思ったわけです。今なら、その思いを言葉にできる。初の著書『役者ほど素敵な商売はない』は、そんな思いでまとめました。

この世界に入ったのは、高校卒業間際に劇団民藝の滝沢修さんが主演された舞台『オットーと呼ばれる日本人』を観たことがきっかけ。太平洋戦争前に起きた国際スパイ事件をモチーフにした戯曲で、高校生には難しい内容だったけど、僕は頭をガツーンと殴られたような気がした。たった3時間なのに、舞台上にはすごく激しい人生があって。ここで僕の人生は決まってしまいました。