そばにいるのが当たり前だと思っていた大切な存在。なくした悲しみから、立ち直れる日が来るのはいつ? 本田さん(仮名)の場合、その相手は道ならぬ恋の相手で……。(「読者体験手記」より)

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遠距離恋愛だったけれど少しずつ距離が縮まった

ここ何日も食事が喉を通らない。彼から連絡がないのだ。彼とは、25年間、世間的には許されない関係を続けている相手のことだ。

初めて知り合ったのは共通の友人の紹介だった。彼は大学3年生、私は短大の2年生。いわゆるイケメンではないが、背が高く力強い雰囲気があった。彼は東京在住、私は奈良在住だったが、友人たちに会うため上京した時は、必ず彼も来る。積極的に押してくる人ではないが、何人かで会ううち、彼が私に好意を持っているのでは、と感じることが何度かあった。

横浜の公園に行った時、彼が「皆で写真を撮ろうよ」と提案し、男女でペアになり、私が彼と組むことになった。ベンチに座ると、奥手の彼が私の肩に手を置いてくる。一瞬、身構えたが、私はそのまま身をゆだねた。

彼はアルバイトをして買ったカメラをどこに行くにも持ち歩いていた。アルバイト代で買ったのはカメラだけではない。車も、大学の学費も、賄っていた。中学生の頃に父親を亡くし、母一人子一人で生きてきたという。一方の私は何もかも親がかり。事情を知るにつれて、私は彼に尊敬の念を抱いた。

私のほうが先に社会人になると、2人で会うようになった。まだ学生の彼のほうが自由な時間が多く、関西まで会いに来てくれる。ある時、いつものように食事をした後、「ちょっと散歩しようか」と彼が言い、公園を散歩することに。そこはカップルが2人になるために立ち寄ることで知られる場所だった。

案の定、どこもかしこも体を接してベンチに座るカップルばかり。私が「何だか気恥ずかしいね」と言ったその時、彼は私を引き寄せ唇を重ねてきた。私にとっては初めてのキス。後年知ったことだが、彼にとっても初めて。

このまま進展するのが普通かもしれない。でも私は、会社員生活を数年間送ったのち語学留学を決意。一方、彼は就職して4、5年後に別の人と人生を歩み始める。帰国してから私も結婚と離婚を経験した。その間もずっと、1年に1回は季節の挨拶状を欠かさなかった。

彼が結婚して7、8年経った頃だろうか。突然電話がかかってきた。「これから仕事の関係で、ちょくちょく関西に行くから、時々会わないか」。

十数年ぶりに再会した時のことを、今も覚えている。初めてキスをした公園を散歩し、長い時間を過ごした。あの時、2人とも気持ちを残したまま別れたのだ。再び寄り添うのに時間はかからなかった。互いの電話番号、メールアドレスを交換し、それからは頻繁にやりとり。インターネット上でバースデーカードやサプライズカードを送り合ったことも。まるで失われた青春を取り戻すかのようだった。彼は事情の許す限りほぼ毎日連絡をくれた。

離婚を契機に家族と疎遠になっていた私にとって、何でも気負いなく話せ、心を許せる相手は彼だけ。彼もたびたび「一番馴染んでいるのは君だから」と言っていた。