ヨーロッパ最後の自然養蜂家を追って

バルカン半島、ギリシャの北に位置する北マケドニア共和国は1991年に旧ユーゴスラビアから独立し、2019年に現在の国名になった。アレキサンダー大王で有名な古代マケドニア王国の一部だ。その蜂蜜色の草原のなか、ただ独りゆっくりと行く女性の遠景で『ハニーランド 永遠の谷』は始まる。彼女は伝統的な自然養蜂を営む50代半ばのハティツェ・ムラトヴァ。首都スコピエから20キロほど離れた山岳地帯に、盲目で、寝たきりの老母と暮らす。その日々を3年の歳月をかけて追ったドキュメンタリーは、人間と自然の繊細なバランスを綴る。

ハティツェは草原を抜け、足場の怪しい岩場を登り、野生の蜂の巣にたどり着く。そして、素手で巣をいくつか取り出すと、丁寧に袋にしまい、それを背負って谷間の家へと帰る。その巣を家の近くの石壁に設けた場所に移し、収穫の時が来るまで待つ。収穫した蜂蜜は、瓶詰めしてスコピエの市場で売り、彼女はそれで生計を立てている。電気も水道もない村に暮らすのは、彼女と母親の2人だけ。

そうした平和な暮らしが、突如、トレーラーに乗ってやってきて隣人となる7人家族により変わる。

一家の主人フセインが養蜂に興味を示すと、彼女は快く蜂の育て方を教える。蜂蜜をとる際に半分は残して、蜂の生活を守ることが重要と説く。だが、彼は教えをきかず、蜜を全部とってしまった。その貪欲さはハティツェの巣にも影響し、彼女が育てた蜂を全滅させてしまう。

フセインは養蜂に失敗すると、川辺の木にある蜂の巣を壊して蜜を採取する。彼は家族を養うための金を得たいだけで、悪人ではない。だが、その行動は生態系を壊してまで利潤を追求する経済活動の縮図と言える。人間の短絡的で利己的な欲望が、自然の営みに綻びをもたらすことを考える余裕がないのだ。

比して、ハティツェがまるで子守歌を口ずさむように、歌いながら蜂を籠に集める姿の美しさ。「半分はわたしに、半分はあなたに」と蜂に語りかけて蜜をとる慎ましさ。自然の恵みをいただく謙虚さと、足るを知るという生きる知恵に感動する。

ナレーションや音楽をかぶせず、密かに観察するように、ハティツェの日常を記録する映像は多彩で雄弁だ。自然光や蠟燭の明かりに照らされた室内で、母と娘が交わす遠慮のないやりとりは時にきつくなるが、愛情がこもっている。結婚をして子供がいれば村を出たかもしれないと本音をつぶやくも、現実を受け入れる彼女の表情は暗くない。新たに蜂を育てるため、険しい岩場へと向かう迷いのない歩みには再生への希望がある。

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ハニーランド
永遠の谷

監督/リューボ・ステファノフ、タマラ・コテフスカ
出演/ハティツェ・ムラトヴァほか
上映時間/1時間26分 北マケドニア映画 ■アップリンク渋谷ほかにて近日公開

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©Les Films du Poisson - France 2 Cinéma - Uccelli Production - Pictanovo

切れ切れに浮かぶのは、波瀾に満ちた人生

夏のある朝、クレール(C・ドヌーヴ)は目覚めると「今日が私の最期の日」と確信する。そして一人暮らす大邸宅に集められたアンティークの処分を決める。切れ切れに浮かぶのは、波瀾に満ちた彼女の人生だ。実の娘C・マストロヤンニとの共演で、ドヌーヴならではの人生を締めくくる物語は鮮やか。

シネスイッチ銀座ほかにて近日公開

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アンティークの祝祭

出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、キアラ・マストロヤンニほか

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人間の謎めいた本質を探る

黒人の高校生ルース(K・ハリソンJr.)は幼時に悲惨な体験をしたアフリカ系の移民だが、白人の養父母のもとで不自由なく育った。ある教師が文武両道の優等生である彼の正体に疑惑を抱き、波紋が広がる。アメリカの理想と現実をえぐり、人間の謎めいた本質を探るドラマだ。

5月15日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次公開

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ルース・エドガー

出演:ナオミ・ワッツ、ケルヴィン・ハリソンJr.ほか

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