自分を犠牲にしても、夫と息子に毎日温かい手料理を出すのだ。代田さん(仮名・45歳)は、そう自分に言い聞かせていたけれど……(「私たちのノンフィクション」より/イラスト=丹下京子)

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豪華な大皿にコロッケがぽつん

2006年に他界した母のことで真っ先に思いだすのは、毎晩のおかずだ。たとえば味噌汁。出汁は面倒だからといってとらず、薄味のほうが体にいいと味噌は適量の半分以下。そこに生煮えの根菜類が大量に入っていた。ほとんど味のしないお湯に浮かんだ、生煮えの野菜。あまりの不味さに手をつけられずにいても、食べるまで下げてくれないので、いつも無理やり喉に流し込んでいた。食事が本当に憂鬱だった。

小学校5年生の時、家庭科の調理実習で、煮干しで出汁をとる味噌汁を口にして、あまりの美味しさに感動。家に帰り、学校で習った出汁のとり方を話して聞かせると母は激高した。

「主婦は毎日出汁をとれるほど暇じゃないの。塩分は少ないほうがいいんだから味噌も少なくていいし、出汁なんかとる必要ない!」

主婦が忙しい、というのはわかる。しかし、散らかり放題の部屋、取り込んだまま放置した1週間分の洗濯物はそのままに、毎日長時間の昼寝と、母方の祖母との長電話を楽しんでいた専業主婦の母が、出汁をとる暇もないほど忙しいようには見えなかったのだが──。

そして、味噌汁と同じくらい忘れられないメニューがコロッケ。母がデパ地下で大量買いし、ひとつひとつラップでくるんで冷凍したコロッケだ。これをレンジでチンして出すだけ。私と妹が小学生の頃から頻繁に食卓に上がっていたが、コロッケを出される頻度は徐々に高くなり、私たちが大学生になる頃にはほぼ毎日に。ひどいときには、14日間連続ということもあった。

ある日たった一度だけ、疲れて帰ってきた私は出されたコロッケを見て、ため息をついてしまったことがある。母はムッとしたのだろう。聞こえよがしに一言。

「あーあ! もう最近は買ってきたコロッケを出すのも面倒くさい!」

私もさすがに、

「面倒なら、もう何も出さなくていい! 外で適当に済ませてくるから!」

と、夕食を用意しないよう要求した。しかし母は、

「外食よりも、手料理のほうがいいでしょ! だからこうやって出してあげてるんじゃない!」

そもそもこれは、手料理なんかじゃない。それに、面倒くさがられながらしかめっ面で出されるチンしたコロッケよりも、客のために料理人が作ってくれる外食のほうが、あらゆる意味でよっぽど温かいに決まっている。