糖尿病のエース、最後の夏に涙 夏の高校野球福井大会、啓新の上ノ山選手

糖尿病のエース、最後の夏に涙 夏の高校野球福井大会、啓新の上ノ山選手

 猛暑の中、7月22日に行われた第100回全国高校野球選手権記念福井大会準々決勝で惜敗した啓新のエースで4番、主将の上ノ山倫太朗選手(3年)は1型糖尿病とも闘いながらプレーした。最速144キロの左腕は甲子園初出場の夢がかなわず悔し涙を流したが、「これからも野球を続けて同じ病気の人たちに希望を届けたい」と語った。

 上ノ山選手によると、体に大きな異変が起きたのは高浜中2年から3年になる春。修学旅行に行く朝、目覚めても起き上がることすらできず、すぐに検査入院。1型糖尿病と分かった。

 ショックと不安はあったが、プロ野球阪神の岩田稔投手が1型糖尿病と闘いながら活躍する姿を以前、テレビの特集番組で見ていた。「一緒の病気なんや」。同じ左腕でもある岩田投手の存在は「救いであり希望」だった。

 野球を続け、高校は東海大甲府(山梨)を春夏の甲子園で計3度4強に導いた大八木治監督(当時)が率いていた啓新に決めた。「自分が甲子園初出場を決めたい」。投打に期待され、1年生から試合に出場した。

 野球を続けるために欠かせないのが血糖値のコントロールだ。毎日、食事前と寝る前の計4回、インスリンの注射を打っている。「血糖値を計って高いと追加で打つこともある」と明かす。投手として体重を増やすため、筋力トレーニング中心に鍛え、注射を打って食事も取り、7キロの増量に成功。大黒柱の覚悟は部員にも伝わっている。植松照智監督は「あいつの言うことはみんな聞く」と話す。

 この日の準々決勝は「4番・左翼」で先発出場。1点を追う八回の打席は二塁へのゴロだったが、全力疾走し、ヘッドスライディングで内野安打。盗塁も決めた。「自分の姿勢でチームを盛り上げたかった」と話す一方、登板機会がなく「投げたかった。不完全燃焼」と悔し涙を流した。

 「1年生の時は練習がしんどくて脚も疲労骨折して野球をやめたい時期もあった。でも親が支えてくれた」と上ノ山選手。父親には「病気のせいにはするな」と励まされていたという。今後も野球を続け「いずれはプロに行って同じ病気の方々に希望を与えられる選手になりたい」と誓った。


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