高校大学時代の恩師・松永氏に感謝「やりたがらないことを見つけたら、宝は落ちている」

 公益財団法人「野球殿堂博物館」は14日、「令和2年野球殿堂入り通知式」を開催し、新たに田淵幸一氏、故・前田祐吉氏、故・石井連蔵氏が殿堂入りした。

 親友の故星野仙一氏に遅れること3年。盟友に誘われ、2002年から古巣・阪神の打撃コーチとして支え、2003年星野阪神のリーグ優勝にも貢献した田淵氏は「星野という男の中身を知り尽くした付き合いができた。2017年12月に(星野氏の)殿堂入りパーティーは両方行ったが、弱っていた。立つのもやっとの感じだった。人生、色々出会い、別れがあるが、衣笠といい、昔の思い出を一緒に話しをする人がいなくなるのは、寂しい」と星野氏のレリーフをなでた。

 殿堂入りの挨拶で、「松永さんのおかげ」と真っ先に名前を挙げたのは、法政一高、法大を通じ、監督として7年間、田淵氏を指導した松永怜一氏で、マル秘エピソードも明かした。「法政一高の野球部に入ったが、それまでは硬球も触ったことがなかった。グラウンドで(五分刈りの)頭を触られ、五厘じゃないのか。辞めろと言われ、五厘にしてあやまりに行った。あの時辞めていれば今の自分はない」と振り返った。

 当時、部員は百何十人もいたが、バッティングキャッチャーが誰もいなかったようで「それをやっていたら、何か月かして、(監督から)ミットの使い方がうまいから、バッティングをやれと言われた。(人が)やりたがらないことを見つけたら、宝は落ちている。そう感じさせてくれた(高校、大学の)7年間だった」としみじみと語った。(細野能功 / Yoshinori Hosono)