「何冊かに僕の名前があって、僕なんかを思ってくれていたのが嬉しかった」

 11日に虚血性心不全で急逝した野村克也氏。現役時代は南海(ソフトバンク)で活躍し、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務め、愛情溢れる“ボヤキ”で多くのファンに愛されてきた。球界からは野村氏の訃報を惜しむ声が数えきれないほど多くあがっていた。

 野村氏の死去で大きなショックを受けた現役選手の1人がソフトバンクの甲斐拓也捕手だろう。高校時代から野村氏の著書を読み漁り、捕手としての理論に尊敬の思いを抱いていた。球界を代表する捕手に成長し、取材などを通して野村氏と会い、そして捕手としての教えを受け、激励されてきた。

 同じ母子家庭で育った野村氏と甲斐。野村氏はテスト入団、甲斐は育成選手としてプロ入りし、そこから這い上がってきた点も共通する。野村氏も甲斐の姿にかつての自分を重ね「似ているね」と声をかけていたという。そして、今季から甲斐は野村氏が南海時代に背負った背番号「19」を継承した。

 2月1日のキャンプインで初めて袖を通した背番号「19」のユニホーム。そこからわずか10日後に飛び込んできた知らせに甲斐は「19を着けたユニホーム姿を直接見てもらいたかったですし、見せたかったなと思います。もう見せられないというのは寂しいです」と語った。

甲斐が胸に刻む野村氏の教え「功は人に譲れ」

 その甲斐が胸に刻み込み、大事にしている野村氏からの教えがある。それが「功は人に譲れ」という言葉だ。

 甲斐はこれまでにも色々なところでこの言葉を使ってきた。そして、この日も「『キャッチャーとして1番大事なことは何ですか?』と聞いた時に『キャッチャーというのはピッチャーを支える存在。功は人に譲れ』と、そういう言葉を頂きました。改めて、やっぱりそういうポジションだなと思いましたし、本当に『功は人に譲れ』という言葉を貰って、僕もその時からその言葉を大事にして取り組んできました」と明かした。

 甲斐と野村氏が初めて会ったのは2017年のこと。取材を通じて挨拶した。その後、出版された野村氏の著書の中には甲斐の名前も登場しており「何冊か野村さんが本を出されているんですけど、その中の何冊かに僕の名前があったり、それほどまでに僕なんかを思ってくれていたのが嬉しかったですし、その気持ちに応えたいという気持ちがあった」と語っていた。(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)