元中日外野手の友永翔太さんは日ハム大田と東海大相模高の同級生だった「泰示は意識が高い」

 もう同じ舞台で戦えない分、人一倍エールを送る。日本ハム移籍4年目を迎えた大田泰示外野手のさらなる躍進を疑わない元プロ野球選手がいる。昨季限りで中日を戦力外となり、現役を引退した友永翔太さん。東海大相模高時代のチームメートで、昨オフの海外自主トレにも同行した。大田の変わらない真摯な姿勢に、自らが果たせなかった思いも託す。

 今年1月、サイパン。プロ生活に別れを告げたばかりの友永さんは、白球を拾っていた。「時間があったら、手伝ってほしい」という大田からのお願いに二つ返事で自主トレをサポートした。食事をつくり、用具を片付け、グラウンドを整える。「めっちゃバットを握りたかったですが、我慢しました」。友永さんは笑って振り返る。

 常夏の地での約2週間。日中はヘトヘトになるまで追い込み、午後9時には床につく生活だった。規則正しい当然の生活にも思えるが、「シーズンオフに、シーズン中と同じ生活をするのって意外と難しいんです。泰示は相変わらず意識高くやっているなと見ていて思いました」。プロで結果を残せなかった自らの後悔があるだけに、貪欲に野球と向き合う大田の姿が余計にまぶしく映る。

 2008年のドラフト会議。巨人から1位指名を受け、ガッツポーズで写真に収まる大田を、他の部員と一緒に囲んだ。出世頭の同級生は、スター街道を歩むと疑わなかったが、重圧の前にくすぶり続けた。「泰示は本当に真面目。だから深く悩んだところもあったのかもしれません」と推し量る。2015年には同じプロの世界へ。即戦力として期待されていた友永さんも結果を急ぎ、無数の助言に耳を傾けた結果、己の芯を失ってしまった。だからこそ、余計に気持ちが分かる。

「田中広輔さんからハングリーさを学び、菅野さんからは意識の高さを学びましたから」

 自身は5年でNPBに別れを告げたが、大田には転機が待っていた。2016年オフにトレードで加入した日本ハムでの覚醒。環境の変化がもたらした好例とも言われたが、友永さんは当然のことだと頷く。「真面目で悩んだからこそ、その経験が今になって徐々に生きてきたんだなって思っています」。

 時はたっても、全く本質は変わらない。「人が真似したくなる選手でした」。高校時代の大田を、友永さんはそう言い表す。公私の切り替えがうまく、常に周囲に目を配っていた。「1学年上の先輩たちの存在も大きかったと思います。(田中)広輔さんからはハングリーさを学び、菅野(智之)さんからは意識の高さを学びましたから」。そうして築いた礎が、北の大地で花開いた。

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で止まっていたプロ野球は、ようやく幕を開けようとしている。ユニホームを脱ぎ、起業家としての道を歩み始めた友永さんは、円熟味を増していく同級生に思いを寄せる。「応援する側からすれば、活躍してくれるのはうれしいことですし、思いっきりやってほしいです」。今季もきっと、暴れてくれると信じている。(小西亮 / Ryo Konishi)