ゲームクリエイターの板垣伴信氏は、自身のFacebookページにて、新たな会社「板垣ゲームズ」を立ち上げたことを報告しました。板垣さんの近況について教えて下さい。過去4年間、後進に仕事を教えて来ましたが、またゲームを作りたいと思い、そのための会社を設立したところです。おお、それは素晴らしいニュースですね。Xboxのファンの多くがあなたの作品をきっと待っているはずです。あてにしておいてください。でなければ、今回のXboxの記事のためにインタビューを引き受けなかったでしょう。もしMSがあなたの会社をMSのスタジオの1つにしたいと言ったとしたら、どうしますか。はは、20年前にシーマスにした質問から始めると思いますよ。当時、私は彼に尋ねました。PS2に勝つ自信はあるのか、と。彼は、イエスと答えたんです。Xboxは「プロジェクトミッドウェイ」と呼ばれていて、俺はこれで覇権を取るんだと。だから私はその時、シーマスを信頼して実際10年近くXboxエクスクーシブのゲームを作ってきたんですよ。あれから20年が経って、私はテクモではなく、またヴァルハラでもない、私自身の会社、板垣ゲームズを立ち上げました。私はMSが今もなお、アグレッシブであることは知っています。もし彼らが、私の新しい会社に声をかけるのであれば、それはもちろん私にとって光栄なことです。これは、海外メディアBloombergによる同氏のインタビュー記事(1月6日公開)について、文字数制限の都合上オミットされてしまった部分を補完する投稿の中で明かされたものです。板垣伴信氏は、テクモ(現コーエーテクモゲームス)の対戦格闘ゲーム『デッド オア アライブ』シリーズや3Dアクションゲーム『NINJA GAIDEN』シリーズ等を手掛けてきたゲームクリエイター。同氏が2009年に創業したヴァルハラゲームスタジオでは、『デビルズサード』の制作に携わってきました。その後2017年に同社の代表取締役CTOを退任し、以下のようなメッセージを公開していました。実は、以前から決めていたことなのですが、私は五十歳を節目にして、ゲーム業界、娯楽業界での自分の身の置き方を変えます。自分や自分の会社のためだけではなく、私と仕事をしたいと言ってくれる、世界各国の若い開発者やスタジオの方々に、私なりのゲーム作り、遊び作りについての知見を伝え、ゲーム業界にこれまで以上に広く、深く貢献していこうと考えております。Facebookの投稿では他にも、マイクロソフトのシーマス・ブラックリー氏(初代Xboxの生みの親)との出会いや、『DEAD OR ALIVE 3』(2001年海外発売、Xbox)のセールスなどについての興味深いエピソードが語られています。