米ミネソタ州で、黒人市民が警官に首を膝で押さえつけられて死亡したことを契機に、全米だけでなく日本を含めた世界中の都市に人種差別反対のデモが拡がった。今回に限らず、アメリカにおける人種差別は、さまざまなメディアが事あるごとに取り上げてきており、多くの方が知るところだろう。日本人を含むアジア人も差別の対象であり、20世紀最後の7年間をそこで暮らした私も、悲哀とともに、根深さを実感し続けている一人である。

一方で、アメリカが、人種による差別のできない制度や仕組みの整備を進め、目にみえるカタチとして結果が現れていることも知っている。

ゴルフでいえば、アラバマ州のショールクリークCCが1990年、メジャー「全米プロ」の開催にあたり、黒人がメンバーにいないことをメディアに問われ、同クラブの会長が「入れるつもりはない」と堂々と答えて大騒ぎになったことがあった。そのころは、オーガスタナショナルGCをはじめ、メジャー大会の会場になるような名門コースの多くが有色人種や女性などのいわゆるマイノリティを入会させておらず、そういうものだというのがアメリカの社会通念だったのである。しかし、いまでは、地元メディアが報じる程度の小規模な大会でも、マイノリティを排除している会場を使用することは許されない。そもそもこの四半世紀、ゴルフにとどまらず、世界で最も有名なアスリートの地位に君臨し続けているタイガー・ウッズはアメリカ国籍の黒人だ。そして黒人の大統領も誕生した。

もちろん、だからといって差別がなくなったわけではない。ヒスパニックが人口の増加とともに、アジア系が高い教育を背景に、それぞれ社会的地位を上げていくなかで、とりわけ黒人については取り残され感が強かった。アメリカがコロナ禍で最大の死亡率を示し、とりわけ社会的弱者のストレスや不安が臨界点に達していたところに起きたのが、今回のミネソタ州での事件である。

偏見と差別は、アメリカ特有のものではなく、人間に潜む業(ごう)であり、昔からあり、今もあり、もちろん、日本にもある。そして、多くの場合、差別されてはじめて分かるものでもある。かつて私が仕えた孫正義さんが、高校を中退してアメリカに渡ったのは、在日韓国人という生い立ちから受けてきた差別にあることはよく知られている。孫さんは、さまざまなメディアで「死にたくなるくらい苦しんだ」と述懐しているが、遠い世界の話のように聞こえる方が多いのではないか。私も、アメリカに住んでいなかったら、「成功者の若い頃の苦労話のひとつ」くらいの受け取り方しかできなかったと思う。

若い人には、なるべく早いうちに、海外での生活経験をしてもらいたい。必ずしもアメリカである必要はないが、そこへ行けば、世界最先端の技術と英知が集積しているまばゆい光と、格差や差別など現代社会が抱える深い闇とが織りなすコントラスト、そして変革しようとするエネルギーを目の当たりにすることができるだろう。きっと得られるものは多いはずだ。(小林至・桜美林大学教授)