父・宮里優さんは“最後の全米女子オープン”でこう詠じた

父・宮里優さんは“最後の全米女子オープン”でこう詠じた

◇海外女子メジャー◇全米女子オープン◇トランプナショナルGCベドミンスター(ニュージャージー州)◇6687yd(パー72)

連日30度を超す暑さの中で4日間72ホールを歩ききった宮里藍の父・優さんは、最終日のホールアウトを見届けると、携帯する折りたたみ椅子にどっかりと腰を下ろして、大きな息を吐いていた。御年71歳。コース内を歩くためにトレーニングも欠かさない。娘との二人三脚で目指してきた「全米女子オープン」制覇への戦いは、今大会が最後となった。

「よく戦ったと思います。ピンチもあったけど動揺しないで戦ったのは良かったと思う。なかなか夢が叶うことはなかったけど、良いゴルフ人生だったんじゃないかな」。

苦しいときも、チャンスのときも、その目はじっと、ロープ外から娘のプレーを見つめていた。「OK!」「ナイスパー!」。ピンチを切り抜けたときは、大きな声を飛ばした。

予選通過がかかった大会2日目。1打も落とせない状況で迎えた17番でグリーンを外し、2mほどのパーパットを残していた。部外者の我々でさえ、声も出せないような緊迫感。優さんは「心臓が飛び出るかと思った」と振り返った。

「全米女子オープン」の最終ホールは、今大会中ずっと苦しんできたパットが決まらず、3パットのボギーとした。「最後、どういうドラマがあるかなと思って見ていたけど、やっぱりそういうドラマがあったなと(笑)。届かなかったなと――」。言葉とは裏腹に、体中から達成感が溢れていた。

「ここまでよく、小さい体で戦ってこられたなというのが実感。勝つには技術、体力、あと1つは運が必要。ゴルフの神様が運を恵んでくれるか?というのもあるから、そういう運にもちょっと恵まれなかったかな」。

いつからか、優さんはメジャー大会を終えるごとに一首詠むことを恒例としていた。最後の戦いを見届けて、ちょっぴり照れながら披露したのは、こんな歌だ。

“戦いの矛を収めし我が娘 錨(いかり)を下ろす ふるさとの海”

「あとはふるさとを思い浮かべながら、ゆっくりして欲しい。(デビューとなった2006年開幕戦の)タートルベイの荒波から始まっているから、締めはベイ(海)。まあそんな感じかな」と、優しい笑顔で娘の挑戦をねぎらった。(ニュージャージー州ベドミンスター/今岡涼太)

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